2011年03月02日

レディオヘッドってカッコいいな

Kid a Amnesiac

次回はひさしぶりに
Rに音JK占いをやってもらおうと思う。
何がいいかなと考える。
“レディオヘッド”というのが頭に浮かんだ。
新作が出たから。

じつはレディオヘッドにあまり興味がない。
嫌いではない。
バンドとしての存在はカッコイイと思う。
刺激的な音楽をやっていると思うが、
ツボにはいってこないのだ。
俺の音楽リスニングのツボに。

どんなアルバムでも、
自分の中のどこかしらのツボにはまる。
ベタなメロディ音楽というツボや、
冷たく孤高の音というツボや、
アバンギャルドの中のわかりやすいメロディというツボ、
ハードボイルドミュージックというツボだったり。
もしかすると、
レディオヘッドはそういったカテゴライズを避けてきた
バンドなのかもしれない。
本当に革新的なバンドゆえに
俺にはわからないのかも。

Rに新作を占いをしてもらうにあたり
「KID A」と「アムニージアック」を聴いている。
2枚をつづけて繰り返し聴いているが、
いいとも悪いとも思わない。
想像していたよりも聴きやすい音だった。
10年前のアルバムだから、
ちょっと古く感じる部分があるかもしれないと思っていた。
でもそれはまったくなかった。
10年のあいだにいろんな音が世に溢れて出たというのに。
それゆえ耳の器が大きくなったのかな。
俺が単に古いも新しいもわからないというのもある。
いや、レディオヘッドが
普遍的な音をつくっているのだ!
眠くなっている俺にはわからないにしても…。

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2011年03月01日

星条旗をまとった女神

Commander in Chief: Inagural Edition - Part 1 [DVD] [Import]

才能とは「意志の強さ」なのではないだろうか。
何かを表現する人間には、
どんな状況であれ、
表現することをあきらめない意志の強さが必要だ。
表現することを実行する意志の強さがいる。
もし、それがなければ、
歴史に名を残すことはない。
才能あるものとして。

音楽の歴史のなかで、
あらゆるミュージシャンが、
さまざまなジャンルにおいて才能を発揮してきた。
たしかに音楽に対するセンスがなかったならば、
いくら表現してもそれは才能とは呼ばれなかっただろう。
作品こそが重要といえばそうだが、
作品を生みだしてこそだ。

退屈なことに、すでにあるものを、
凡庸にくりかえすひともいる。
それはそれでいい。
そこで才能を議論する必要はない。
問題なのは、
光るものを持ちながら、
芸術に対して新鮮なカンを備えながら、
あらゆる言い訳のなかで表現をあきらめているひとだ。
そのひとは自分を殺している。
“あのひとは才能があるんだけどね”
という理屈はない。
それはファンタジーである。
自分の中に内在するアートをひきずりだす
意志の強さがあってこそ、
そのひとは才能があると言われるのだ。
それが現実だ。

以上のことは
「星条旗をまとった女神」を観て感じたことである。
(ここからはネタバレなのでこれから観るひとは注意!)
FOXのドラマで、
原題を「Commander in Chief」と言う。
最高司令官ということだ。
軍からなにまで最高権力をもつひとのことである。

クライマックスが重要だ。
主人公の女性があらゆる抵抗勢力のなか、
大統領になることを選択して、
はじめての演説シーンである。
マスコミ、国民、閣僚達の前で、
用意されていた演説台本を
ある事情で読むことが出来なくなる。
しばらくの静寂のあと
主人公はみずからの国家に対する理念を語りだす。
自分独自の表現をつらぬきながら、
客観的な見解をはさみ、
強い言葉を選択しながら演説をつづける。
そして観客の心をつかむのだ!
これはヒップホップでいうところの
フリースタイルだろう。

この女性は大統領の才能があることを証明する。
フリースタイルの部分だけではない、
(もちろんその演説もふくめてだが)
大統領にならない選択をする流れにのらず、
自分の意志を通した部分においてである。
それもただ“権力”というものに固執したのではなく、
自分の信念を表現するために。

才能はときに枯れることもあるから、
これから主人公も挫折しそうになるかもしれない。
重要なのは自分の才能を世に対して示したこと。
才能あるもとして第一歩を踏み出したことだ。
主人公の場合、
アメリカ大統領の歴史に残る
あまりに大きな一歩ではあるが。

小さい1歩でもいい、
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドについて
よく言われることを思いだす。
デビュー当時はビルボードTOP100 に
1曲もチャートインすることはなかった。
デビューアルバムの売れた枚数もたかが知れている。
だがその音楽にふれた人間全員がバンドを始めた。
“才能”は自分だけのものではないのである。


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2011年02月28日

アメリカン・アイドルが始まった。

アメリカン・アイドルがまた始まった。
スカパーが家に来てから、
この番組が季節のかわりめを教えてくれる。
これから夏になるのかと思わされるのだ。
(実際は春で夏の頃には終わっているのだけど、
 俺は春という季節を意識したくない。)

で、夏のはじまりであるアメリカン・アイドルだが、
まだハリウッド予選が終わったばかり。
このひとは気になるなというのはひとりだけだ。
ウッドベースをひきながら、
独自のヴァージョンで
ジョージア・オン・マイ・マインドを歌った男性。
それ以外はパッとしなかった。
だが、本選に入らないと秘められた才能は光らない。
それがこの番組の面白さである。
むしろ今の段階でいいなと思わせるひとは、
それ以上の“新鮮さ”がないまま途中退場していく。

衝撃をうけるほどの才能はでてこない。
アイドルという資質を問う番組なので、
それはあたりまえといえばあたりまえである。
“才能の衝撃”も大多数が理解できる範囲以内でないと、
応援してもらえないし決勝戦まで残れない。
ブレイク・ルイスはこの番組においては斬新だった。


しかしこの番組からデビューしたひとたちは、
あくまで音楽業界内での斬新さしか表現できない。
はっきりいえば、ありがちな目新しさをやる(やらされる?)


念のため言っておくとブレイク・ルイスは良いほうだ。
他のこの番組の出身者など退屈きわまりない。

こんな辛口なことばっかり書いているのに、
なぜ俺は毎回アメリカン・アイドルを楽しみにしているのか?

それは優勝結果がでるまでに何度か、
本当にキラリと光る瞬間が観れるときがあるからだ。
それはそのひとの一瞬のきらめきで、
二度と観れないことが多い。
(YouTubeで探してもでて来ない。)
きっと誰もがもっている才能のカケラが、
コロンと世の中にでてくるのだ。
そして誰もがそのカケラを見失い、
ステージのうえから降りていく。

音楽をリスニングするにはキツイ番組ではあるが、
(この番組は大衆によってひとりの人間が
 アイドルに変えられるのを観る番組であり、
 音楽の番組ではない。)
音楽を通して挑戦者が自我を解放する瞬間が見れる。
無自覚(の場合がほとんど)だが、
芸術の本質をつかんだ人間は光る。
それはあまりに美しく残酷な瞬間だ。
音楽からの愛をうけとったのに、
その愛はあくまで個人のものである。
みんなにとっては必要のない愛だから。

“音楽”に一瞬でも、
ステージ上で強烈に愛された人々は
今現在何を思い生活しているのだろう。

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2011年02月27日

「ブラック・マシン・ミュージック」

ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ
ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ
エレキングづいている俺は、
野田努氏の本を読んでいる。
月並みな言いかただが、
これは読み出したらとまらない。

まだ途中なのだが、
(テクノ、ハウス、ヒップホップを含む)
現在、自分が楽しんでいるクラブミュージックが、
どういった歴史をもって
存在しているのかが描かれている。
ドラマチックに。

世界の経済状況、政治、人種問題などが、
ひとりの人間に音楽を生みださせる流れは、
ひとことで説明出来るものではない。
だからこの本があると言える。
あるジャンルの音が誕生する瞬間の、
偶然とも必然ともいえない感じが見事に描写されている。
デトロイトテクノ誕生前夜、
黒人の暴動が起きるシーンなど、
不謹慎かもしれないが興奮をおさえられない。

この本を読んでいて感じたことがある。
自分がもし何か(音楽でも小説でも、
映画、演劇、なんでもいいけど)始めようとするとき、
それは世界の歴史とつながっているということだ。
行動を起こす人間は世界と無関係ではいられない。
言い方がむずかしい。
単純に周囲から影響をうけ影響を与えるということではなく、
歴史に手を加えてしまうということだ。
それほど緻密なパーツでこの世はなりたっている。
シカゴのプレス工場のラリーシャーマンは、
儲けようとしただけかもしれない。
ラリーはミュージシャンでもないから、
音楽をつくったわけでもない。
だけど彼がハウスをひろめたともいえる。
俺がハウスを今楽しんでいるのは、
ラリーのおかげなのだ。
これは本を読んでくれないとわかってもらえないかも。

手塚治虫の火の鳥である。
火の鳥(1) (手塚治虫漫画全集 (201))
音楽は火の鳥のように、
みんなの頭上ではばたいているのだ。

話しは少し変わるが、
芸術は歴史の流れのなかに
くさびをうってこそ価値がでる。
これは抽象的な意味だけでなく、
金銭的なことでも。
この本にそのようなことが書かれていて、
Rと(Rに貸したのだ)、
なるほどねえと話したことがある。
サザビーズ  「豊かさ」を「幸せ」に変えるアートな仕事術
サザビーズ 「豊かさ」を「幸せ」に変えるアートな仕事術
「ブラック・マシン・ミュージック」は
音楽の歴史のなかのくさびをとりあげた本だ。
だが、そのくさびは誰がいったい打ったのか?
1本なのか、
いや、大きいのが1本に小さいのが5、6本?
そんな感じだ。
どんな感じだ! と思ったひとには、
ぜひおすすめですよ。

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2011年02月26日

エレクトロは発売当時に。

6枚買ったうちの4枚目だ。
これが一番欲しかった。
THE SHELL
THE SHELL
ディスクユニオンでは売り切れだった。
タワーレコードで見つける。

YouTubeで観て聴いていた印象と、
アルバムで改めて聴いた印象が
あまり違わないのが意外だった。
JAMES BLAKEはネットではイマイチで、
アルバムで聴いて、
はじめてその音の深みにはまった。
このアルバムはネットでもいいし、
アルバムで聴いてもいい感じだ。

良い意味の軽さがあり、
フットワークのいい音が気持ちいい。
ヌケの良さが音楽の自由度をあげている。
QNはそのうちギターロックアルバムも、
作ったりしそうな気がするが、
それはないか。
similabのアルバムも楽しみだ。

5枚目はこれ。
花と雨
花と雨
家でのリピート率は今のところ、
これが一番高い。
Rもいいねと言った。
ほんと良くて、
バックトラックだけでもじっとしていられない。
そのうえSEEDAのラップも、
なんというか、何度聴いても味わいがある。
この何度も楽しめる感じは俺にとって、
ガスヴァンサントの映画のようだ。
内容が似ているとかそういうことではなくて、
あくまで俺にとって楽しめる感覚が近いのだ。
マイ・プライベート・アイダホ [DVD] ドラッグストア・カウボーイ [DVD]

SEEDAのアルバムは、
テクニカルでグルーヴがあって、
しみったれた意味ではなく、
スピリチュアルだ。

で、最後の1枚目はこれです。
ブラック・ゴースツ
Rが発売当時俺に薦めていた。
何年前かは忘れたけど…。

俺はまだ聴いていない。
Rが先に聴いて、こう言った。
「ガリバー、エレクトロは発売されたそのときに
 聴かないとだめだよ。これは悪いアルバムじゃないけど、
 でたときに聴かないと意味がないよ」

つまりエレクトロはどのアーティストも、
時代の進化とともにつみ重ねてきたものを、
披露している側面を楽しむものでもあるから、
アーティストが作品を発表したときに聴いてこそ、
その良さ、すごさがわかる。
俺が、はあーそうですかと呆然としていると、
「でもガリバーは今聴くのがちょうどいいかもよ」
などと言われ、ムカッときた。
なぜムカッときたのだろう。

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2011年02月25日

ディスコ・ニュー・ジェネレーション

James Blake
James Blake
6枚買ったうちの1枚目。
音の奥行が素晴らしく気持ちよくて、
試聴のあと迷わず購入した。
メロディもいいし。
RはこれはJAZZアルバムだと言っていたが、
俺もそう思う。

Fabric55 - Shackleton: Mixed By Shackleton
Fabric55 - Shackleton: Mixed By Shackleton
プリミティヴなリズムが鳴りつづけ、
かと言って退屈な説教臭い音ではなく、
やたら展開が変わるので飽きない。
せっかちなアーティストだと思う。
Rのイチ押し!
(買うのは俺なんだけど。)

話しはかわるが、
先日、これまで録りつづけていた
俺の作った曲をRに聴かせた。
これはディスコだと指摘をうける。
言われてみるとそうだ。
そういうつもりで作っていなかったけど、
メロディの感じもリズムも、
ブレイクのはいり方もディスコで、
自分の性(サガ)を知った気がしたのだ。

タワーレコードで
Rが、Discoコーナーがあると教えてくれた。
のぞきにいくとディスコも現代的な
新しい音が色々ある。
あたりまえなんだけど、
俺のDiscoのイメージは70年代でとまっていたので、
静かにおどろく。(なぜかRに気づかれないように。)
曲作りの参考に1枚購入することにした。

WOLFRAM + 1
WOLFRAM + 1
俺はこのボーカルの入り方にグッときた。
飽きそうだなとは思ったが、
創作意欲を刺激されるのでこれにした。

アメリカンダンスアイドルでも、
観ていて燃えるのはやはりディスコだし。


ChaChaもDiscoに通じる良さがある。
俺はクサイくらいにダイレクトな表現が好きだ。
細かい技術の正確な構築がないとダイレクトにはならない。
ディティールのキメがあってこそエモーショナル!


Rはもっとリズムメインな感じのアルバムを
すすめてくれていたな。これだ。
Bedroom Tricks
ディスコは注目していなかったけど、
掘ると楽しそうだなと思う。
(金があれば。)

以上はすべて新宿のタワーレコードで購入した。
エレキングコーナーが設置してあり、
なんのアルバムかは忘れたが特典で
ele-kingバッヂをもらう。
嬉しかった。

あと3枚買ったのだが、また後日。

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2011年02月24日

新宿にて

新宿にてCDを6枚購入した。
どれもめちゃくちゃ楽しみだ。
俺は燃えている。音楽熱で‼
なにを買ったかはまた後ほど。(((o(*゚▽゚*)o)))
新宿にて

RのiPhoneにて送信。

ただいま電車乗ってます。
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2011年02月23日

自分にとっての名曲はなに?



MTVでハードロックTOP100をやっていた。
キンクス、クリーム、イギーポップまで流れて、
“ハードロック”とワンジャンルに特定したネーミングだが、
これではすべてのロックTOP100だなと思う。
すべてのロックはハードロックということか。

もちろん80年代のヘビーメタル系は盛りだくさんで、
知らない曲がほとんだった。
そんななかクワイエット・ライオットの
“カモン・フィール・ザ・ノイズ”が鳴り響く。
俺は料理を作っていたのだが、
思わず手をとめてバンドの演奏に見入った。
「自分にとっての名曲とは?」
そう問いかけると、その時により違うのだが、
何曲かのうちの1曲として必ずこの曲は入る。
いつ聴いても胸の奥から
ザワザワした高揚感がたちあがってくるのだ。

スレイドの原曲も、オアシスのカバーも、
俺にとってはピンとこない。
これはやはりクワイエット・ライオットじゃないと。
やぶからぼうな感じというか、
タイヤもエンジンも壊れても転がり進んでいく感じで、
ごちゃごちゃ考えないで突っ走っていこうぜ!
そういう気分にさせてくれる。
それでいてアイロニーも感じさせるところが憎い。
わかっているけどむちゃくちゃやりたい。
それで俺は幸せかどうかもわからないけど。
これがロックなんじゃないかなあと思う。

番組では色んなミュージシャンが
流れている曲について語るのだが、
この曲のときに、あるミュージシャンが言った。
「このナンバーで“ヘビーメタルもいいな”ってひとが増えた。
 メタルバンドの道を切り開いた」
ヘビーメタルでもあり、
ポップソングでもあった、
何者でもないこの曲は、
何者でもない俺の心をわしづかみにしたのだ。

バンド自身はこの曲を録音するのが嫌だったらしい。
するとプロデューサーに指示を受けた。
「めちゃくちゃに演奏しろ」
結果、原曲ともちがうオアシスにも再現不可能な、
この疾走感あるナンバーが生まれたのだ。

めちゃくちゃに演奏しても、
本当に下手なバンドであれば疾走しなかっただろう。
これは技術と訓練のうえにある壊れっぷりだ。
それがまた感動的だ。
ポップを目指してポップをやるのと、
そんなもの目もくれていないのに
ポップになってしまったのとは説得力がちがう。
今となっては、
バンドもこの曲で観客とつながるのを楽しんでいる。
つまり自我のないナンバーなのだ。
作為的じゃないところに感動は生まれる。

この番組で知ったのだが、
ボーカルのケヴィン・ダブロウは
2007年11月にコカインの過剰摂取で亡くなっていた。
バンドの演奏も曲もいいけど、
やはりこのボーカルあってこその名曲だなと思う。


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2011年02月22日

ECD「MASTER」を聴く

ECD/MASTER (CCCD)

ECD/MASTER (CCCD)

ECDがどういった存在なのか、
何も知らずにアルバムを聴いた。
「なんかすごい」
この凄みはなんだろうかと考える。
古いのか新しいのか、
叙情的なのか乾いているのか、
構築されているのかジャム的なのか、
ただひとつ感じたのは、
シリアスな音だなということ。

他のラップを聴いていて、
ちょっと種類のちがうシリアスさがある。
音が暗いとかライムが重いとか
そういうわけではない。
むしろ最近聴き始めた数少ないJラップの中では、
一番アヴァンギャルドなものを感じた。

で、なんだろうと考えても、
答えがでないままリピート再生をする。

“SUMMER MADNESS”を聴き、
少し目頭を熱くしながら、
なぜ俺は90年代にヒップホップを
スルーしていたのかと悔やむ。
その時代に俺はペイヴメントなどの
ローファイロックに夢中だった。
現在になってヒップホップの方が
刺激的だなんて思っても遅い。
だけど今だからそう思えるんだよなと、
Rに何度か言った。
Rもそうだよと答えた。

後半の“君は薔薇より美しい”に困惑し、
“S.S.S 対セントラル・セッション”の
『南の島 宇宙 スラム街』を聴きながら、
半トリップしている自分に気づいた。
ドラッギーなトリップではない。
どちらかといえば
現実的な問題をなしに過ごす
日常の方が俗にいうトリップ(バッド・トリップ)だ。
この曲でのトリップ感は覚醒に近い。
南の島と宇宙と郊外にいる自分を
はっきりと認識するというような。
そういうライムではないんだろうけど。

調べるとECDは日本のヒップホップの
黎明期か現在まで途切れる事のない活動を
つづけるラッパーだった。
俺が感じた凄みはこれなのか。
調子のいいクリエイティブな音ではなく、
作らなけれ生きていけない音。
単純な意見のだが(しみじみ思ったのだ)、
ヒップホップって生きざまが出るんだなと思った。

日本のヒップホップって80年後半から始まったとして、
まだ30年くらいなのに、メチャクチャ深いな。
先の見えない洞窟のようだ。

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2011年02月21日

小室哲哉「罪と音楽」を読んだ。

TK BEST SELECTION IN EPIC DAYS(DVD付) 罪と音楽

小室哲哉「罪と音楽」を読み終えた。
なにげなく読み始めたら、
やめれなくて一気に読んだ。
いろんなミュージシャンの自伝や、
バイオグラフィを読んだが、
「罪と音楽」はこれまでにないものだった。

自分が起こした事件のこと、
つくり出す音楽のこと、
正直に丁寧に語られているのだろう。
だが、つかみどころがないのだ。
俺にとって現実味がないというのか。
悪い意味で言っているのではない。
小室哲哉は間違いなく存在している。
本を読むかぎり純粋でシンプルな存在だ。
それは空気のようで、
見上げる空のよう。

Rは「ここが印象的だった」、
「ここの表現は小室氏独特のものだ」などと、
俺に語ってくるが覚えていない。
俺は小室哲哉の音楽が、
あまりに自分と関係がなかったゆえに、
理解をシャットアウトしているのか。
でも、本は面白かったし、
Rも小室哲哉の音楽を聴いていたわけではない。

Rが推測するに小室氏はひとりっこではないかと。
ひとりっこ的な感性で描かれている部分が、
いくつかあるようだ。
だから俺には理解できないのかも。
ちなみにRはひとりっこである。
やはり俺にはわからない感性を持っており、
なぜそんなことを言うのか、
そんな感想を持つのかというときがある。
説明をうけて「ああ、なるほど」となるのだ。

俺に言わせると品があるというのか。
ひとりっこ全員に品があるとは言わないが、
Rも小室哲哉にも似たような浮世離れ感がある。
いくらダーティーなことをしても汚れない感じだ。

自分のことで言えば、
俺には姉妹がおり、父も母もみな下品だ。
べつに下ネタを連発するような家族ではない。
むしろいやらしいことを日々考えているのに、
黙っているという下品さ。
保守的で犯罪などは起こさないが、
心は汚れているとも言える。

Rや小室哲哉に対して、
興味を持つのは
自分と真逆の人間で新鮮だから。
あとは憧れなのか。
自分の好きなことをやっているひととして。
自分の好きなことしかやらないがゆえに、
大変な目にあっているひととも言える。
でも、そこがシンプルで純粋に見えるのだろう。
俺とちがって。

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