2011年02月15日

ジャスティン・ビーバーが好きだ。

マイ・ワールズ~デラックス・エディション

ジャスティン・ビーバーが日本に来る。
観たいかと言われれば、
べつに観たくはない。
だが、ジャスティン・ビーバーは好きだ。
声に音楽に対する真摯な姿勢を感じる。
雑念がないというのか。
本当はジャスティンはとても冷めたところで、
雑念だらけで音楽をやっているのかもしれない。
だが俺にはジャスティンの本音など
どうでもいい。

アイドルは存在のシンプルさが素晴らしいと思う。
アイドルの体は水を入れたコップだ。
ゴミの浮いた汚れた水など飲みたくない。
それは透明でなければならないのだ。

透明に見えるということが大切で、
それは感情的でなければならない。
むっつり黙って気どっている人間は、
俺にとってはペンキを塗りたくった壁だ。
沸点を超え、
熱さが冷気に変わるような、
そんなエモーショナルな存在を観たい。

ジャスティンはそこまではいっていないが、
彼が世界を憎んでいたらいいなと思う。
ファンのことなど大嫌いなのに、
あの歌をうたっていたらグッとくる。
それは人間の二面性が面白いとかいう
ありがちなことを言いたいのではない。
究極の(シンプルな)愛を観たいのだ。
わかりづらい表現になってしまうが、
音楽のひとに対する愛である。



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2011年02月14日

新しい朝





古いものを捨てることについてRと話していた。
(これはRが読んだエッセイなんだけど)
70才の女性がこれまでの、
自分の身の回りにあったものを処分する話だ。
それは再び新しいことを始めるということで、
膨大なエネルギーを必要とするということ。
生きていればいるほど蓄積してきたものが
自分を作っているという事実があるから。
だから古いものを捨てるというのは、
“破壊”と“創造”という、
人類がくり返す伝統的な行為なのだ。

70才の女性はものを捨てることによって、
現世の終わりを視野に入れると同時に、
新たなエネルギー、
生きるモチベーションを手にいれているのかも。

俺の最近のHIPHOP熱も同じだ。
これまで自分が聴いてきたロックを聴くときには
感じなくなった新鮮な刺激を感じる。
俺なんて90年代が青春みたいなものだから、
そのときにHIPHOPに夢中であれば、
リアルタイムでその進化を楽しめただろうに。
でも、今だから興味が持てるのだ。
俺は歴史のあるものの方が好きだから。

とにかく知らないがゆえのHIPHOPは
俺のなかの何かを燃やす。
自分が生きているこの世界が新鮮に見える。
自分の古いものをなくすという行為は、
汚れた水が透明になっていく感じ。
街に建物がなくなって、
風が走り抜けて行く爽快感とも言える。

新しい朝がきた。
希望の朝だ。
このフレーズって子供の頃聴いた、
ラジオ体操の曲だよな。

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2011年02月13日

暗闇でふざけてる「JAMES BLAKE」



「イギリスではJAMES BLAKEっていうDJが
 大フィーバーしているよ!」とRが教えてくれた。
俺はすでにエレキングに教えてもらっていたので、それほど驚きはしなかったが、
“大フィーバー”と言われるとなんでかなあと考える。
誰もが夢中になる音だろうか?
いや別にこれは批判ではない。
でもRもすぐに音をチェックして、
もっと聴きたいと言っていた。
きっとアルバムを買うだろう(俺が)。

JAMES BLAKEは
俺のなかで暗闇のポップシリーズにつながる。
ポーティスヘッド、


トリッキー、


BlackBoxRecorderの流れである。


暗闇と言っても暗い音だというわけではなくて、
お日様の下で聴いてもピンとこない音シリーズだ。
でも日が落ちたら人生の深いバックトラックになってくれる。
あくまで俺にとって。

で、先にあげたアーティスト達は暗闇のポップ。
つまり暗闇のなかでふざけている。
これはキケンだし、
カンが良くないと自由にふざけれない。
マジメなポップもあるけれど、
言うなればそれは商業ポップだ。
マジメすぎれば面白くなるが往々にして退屈な音である。

イギリス人のミュージシャンは
カンの良さそうなひとが多い気がする。
どちらかというとカンの良くない俺は、
たまにアメリカのゴツゴツした音を聴いてホッとする。


Rはカンがいいので、
俺のこの気持ちはわからないだろうな。
つまりこれって、
コンプレックスなのか?

James Blake

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2011年02月12日

アレンジは魂の解放

Rは「英語でアクティング」という教室に通っている。
演技の教室なのだが、
授業はすべて英語で行われる。
英語の勉強と同時に演技の勉強をするわけだ。
この教室の先生は有名な日本人俳優の
ハリウッド進出においてコーチングする方なのだ。
Rは英語を何年も勉強しつづけており、
その流れでこの教室にも行くことにしたみたいだが、
今や演技に夢中である。

Rが英語で書かれたスクリプトを俺に見せた。
この芝居の練習相手をしろというのだ。
どれどれと、そのスクリプトをチェックしてみた。
シュールなコメディのようだ。
最初はスタンダードに
Rとセリフのやりとりをしてシーンを終える。
いくら練習とはいえ、
俺も実は映画に関しては一悶着ある男だ。
このスクリプトのシュチュエーションも、
充分に面白いのだが、
もっと工夫出来るのではないかと考えた。
そして思いついた俺のアイディアを試すと、
なかなか面白いシーンになったと思う。
Rも喜んでくれた。
演技というのは自己演出であり、
その演出しだいでシーンの意味が決まるのだなと気づく。
Rが夢中になるのが少しわかる。
刺激的だ。

この感じはカバーだなと思った。
カバー・ソングのカバーである。
俺はゾンビースが好きで、
ゾンビーズの曲を彼ら(バンド自身)以上に
メロディックに切なく、
グルーヴィーに表現することは無理だろうと思っていた。
このアルバムを聴くまでは。
World of the Zombies: Tribute to Zombies
ファストバックスの
「Just Out Of Reach」には衝撃を受けた。
ゾンビーズのグルーヴィー具合はないが、
疾走感がいい感じだ。

ビートルズのモータウンナンバー
「You've Really Got A Hold On Me」も、
俺は本家よりも

(↑これはコステロ色が強い)
ビートルズのフレッシュなアレンジの方が好きだったりする。


ビートルズで言えば、
「I Wanna Be Your Man」のローリングストーンズ版は、
俺個人的にはなんとも言えないところがある。
まあこれはカバーというよりストーンズが曲をもらったので、
ビートルズ自己再現版なのだろうが、
本家ビートルズ版のほうが俺は好きだ。

その他にも好きなカバーはある。
イギーの「シー・オブ・ラブ」、
CAKEの「アイ・ウィル・サヴァイブ」、


そうだレナードコーエンのこのトリュビュートもいい。
I'm Your Fan

なにが言いたいかと言うと、
カバーソングは演出である。
他人の曲をスクリプトとして
いかに自分ならではの世界観を作るかだ。
ただ単にいじくりまわすだけでは、
面白いものにならない。
たまにあるだろう、
原曲に失礼だというくらいの退屈なカバー。
自分の世界観もなく、
原曲のメロディの良さもない。
これは演出能力のなさだ。

自己演出とはエゴをなくさなければ
いいものが出来ないのではないだろうか。
他人が自分をどう観るかではなく、
目の前の作品にどういった魂を込めれるか。
悲しみ、怒り、喜び、
作品にあった感情を選択肢し、
とことん解放させるのだ。
そうすることにより
魂のこもった作品(曲)に触れたひとたちも
感情が解放される。
それが出来るのがアーティスト、
もしくはエンターティナーなんだろう。

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2011年02月11日

俺の女々しさと音楽

詩人と女たち (河出文庫)



俺は女々しい。
女に対して優しくないし、寛容ではない。
口ゲンカになれば相手の言うことを
かき消すかのようにわめいたりする。
あとどういうところが女々しいかと記すと、
とても長くなるだろう。
このことを細かく具体的に書かないくらい
女々しさには自信がある。

男らしくなりたくないのかと問われると、
「そうかもな」と答えてしまうくらい
女々しい俺である。
だがこれまでの俺のアイドルを振り返ると、
みんな男らしい。
例えばトム・ウエイツ。
イギー・ポップ。
キャプテン・ビーフハート。
ミュージシャンだけではない。
チャールズ・ブコウスキー。
ジム・トンプスン。
ウィリアム・バロウズ。

バロウズを男らしいととらえるかどうか、
疑問に思ったが、やはり男らしいだろう。
自分の生き方に一本筋が通っているからだ。
“女は神の失敗作”とまで言ったひとではあるが、
女性に対し紳士な姿勢でいたと思う。たぶん。
女性に対してうんぬんよりも、
社会常識にしばられずに、
自分のアイディンティティが確立されていたところが、
格好良いのである。

男らしさというのは、
俺みたいに自分が調子の良いときだけ、
女性にやさしくするようなムラのある態度ではなく、
普段無愛想でも本当に女性が救いを求めているときに
やさしくあるものだ。
それは自分というものが確立していないと出来ない。
揺らぎない男として、自分はこうだ! 
というのがないと。
金を持っている持っていない、
地位のあるなしに関係なく、
男として自分はこうであるという
なにがあっても曲げない心意気が、
男らしさなのだろう。

俺のアイドルであるミュージシャン達も
作る音楽のフォルムは変わったとしても、
音楽からにじみでるそのひとらしさは強烈だ。
強烈であろうとしているのではなく、
自分にとってのアートを追求した結果そうなった。

俺は何が言いたいのかというと、
男らしくない俺ではあるが、
実は男らしさに憧れているということだ。
そして俺は女々しいという事実を考えるに、
これまでなにも追求してこなかったということか。

イギー・ポップのこれまでのキャリアを見ると、
「辛抱強さ」というのがある。
俺に欠けているのもこれかもな。



俺のアイドルで生き残っているのは、
トム・ウエイツとイギー・ポップのみ。
この2人はジム・ジャームッシュの映画、
コーヒー&シガレッツで共演している。
この作品を俺はまだ観ていない。

コーヒー&シガレッツ [DVD]

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2011年02月10日

ビートルズ&HIP HOP

THE SHELL



高校時代に夜を徹してビートルズを聴いた。
全アルバムを初めて聴いたのだ。
とてもファンタスティックな体験で、
音楽にあれほど夢中になったことはない。
あの夜はラジカセの前に座って、
テープの回る部分だけを何時間も見つめていた。
つまりビートルズの音だけを見つめていたのだ。

現在は音楽を聴いていても何かを考えている。
日常の気になる、もろもろのこと。
頭の中では解決しないことを考えつづけている。
音楽はBGMとなり、
時に考えごとの邪魔となり、
しまいにOFFのスイッチを押す。

なぜあの夜のビートルズのことを思いだしたかと言うと、
海外ドラマ、「フリンジ」を観ていたからだ。
ドラマの内容は、荒唐無稽で、
プロデューサーのJJエイブラハムズの色満載で、
“エイリアス”と“ロスト”を足した感じである。
それほど素晴らしいともいえない作品なのだが、
俺は夢中になっていた。
たぶん現実に直視したくないものからの逃避だったのか。
高校時代のあの夜も同じような感じだった。

俺にとってのビートルズは現実逃避だったわけだ。
実際今ビートルズ狂かというとそうでもない。
あの高校時代の体験により自分はビートルズを
愛していると思いこんでいるが、
アルバムは集めても聴くことはない。

では現在の俺にとっての
現実逃避ではない音楽とはなんなのか?
J HIPHOPである。
余計な考えごとをしながら聴けない音楽だ。
あまりにも自分が知らないジャンルだからか、
初めて音楽に接したときのような喜びを感じている。
通勤途中はロック系の曲にあわせて、
ライムの練習をしているが、
その難しさにラッパー達への尊敬の念が深まる。
これも現実逃避なのかもしれないと自分を疑うが、
HIPHOPは現実に切り込むほどにエッヂのたつ音楽だ。
聴き込んでしまうライムには、
かならず現在の自分のありかたを考えさせる何かがある。
ラッパー達のリアルな日常をライムされたら、
自分のリアルを見つめないわけにはいかないからだ。

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2011年02月09日

音楽は誰のものか。「奇跡のシンフォニー」

奇跡のシンフォニー [DVD]
奇跡のシンフォニー [DVD]

この映画には音楽の天才少年がでてくる。
この天才少年が音楽を作る過程が興味深い。
たぶん音楽を作ることに喜びを感じる人間であれば、
ああ、もしかして俺も天才なのかと感じるかもしれない。
曲を作る人間の内側には曲がある。
それが他人のものからの借りものだろうが、
オリジナル以外の何者でもないものでも同じこと。
耳をすませばどこかからやってくる音楽、
それに対しての返答として曲をつくるのだ。
ひとは曲をつくるときには誰しも天才と言える。
自分が天才と言えば天才なのだ。

だが本物の天才と自称天才を分けるのは
そこからなのだ。
“音楽の使命”をまっとうできるかどうか。

作るだけで満足しているひともいるかもしれない。
おっかなびっくり身内に聴かせているだけの、
勇気のないひともいるだろう。
でも、それは作り手の事情であり、
音楽の事情ではない。
音楽は生まれたときから、
みんなのものとへ届くという
使命を帯びた芸術なのだ。

この少年ははじめて触る楽器からも、
美しい旋律を導きだす。
その旋律はオーケストラに発展し、
多くの聴き手のものとへと流れていく。
少年にとってはそれこそが重要なのである。
この映画を観て、
天才少年が自分の才能をつかって、
自分の目的を果たす映画だと
とらえる人もいるかもしれない。
そうとらえるとこの映画は小さくなる。
この作品の素晴らしさは、
音楽が人と人とを結びつけることを描いていることだ。

俺もそうだけど、
音楽に救われたことがある人間ならば、
この作品に涙するはずだ。
使われている曲に好き嫌いはあるかもしれない。
ちょっとばかしストーリーのご都合主義に、
そりゃないだろうと思うかもしれない。
だけどそんなことは問題じゃない。

俺の個人的経験で言うならば
音楽は自分をはげまし、
自分の殻に閉じこもるところを、
表にひきづりだしてくれた。
音楽を通し色んなひとに出会った。
結果はどうあれ出会えて良かった。

音楽に救われたひとがたくさんいることを知って、
それは(俺は無宗教だが)、
誰の頭上にも平等にひろがる
空からの光に似ていると思った。
この感覚を言葉にするのは難しい。
ただ言えるのは、
この映画を観終わって、
俺は音楽という存在に
初めて感謝の気持ちをもったのだ。
はっきりと。

August Rush

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2011年02月08日

POPであること「MISS-A』



MISS-Aの「BAD GIRL GOOD GIRL」が最高だ。
これは曲だけでもいいけど、
ビデオで踊る彼女達があってこそである。
人間性を感じさせない彼女達の存在は
俺にとっては宇宙人のようだ。
“人間性を感じない”というのは批判ではない。
切なくもポジティヴに感じるメロディとともに、
目の前にあらわれ消えて行く彼女たちは、
春先に咲き乱れる川沿いの桜並木にも似ている。
手に入れて大切にしまいこむものではなく、
その光景に心を動かされることを楽しむべきもの。
(ちょっと老境の域に入っているが。)
それが俺にとってのポップと言える。

子供(小学生くらい)の頃から
TVから自分好みのメロディが流れると白昼夢状態になった。
蛍光灯の下を飛ぶ戦闘機の映像や、
ホームランを打つ寸前の選手が
ストップモーションになったり、
ポップなメロディは映像を喚起させた。
今もi podを聴きながら歩き、
世界をミュージックビデオ化させるのが好きだ。
そうさせてくれない音楽もあるが、
それは音の勉強として聴くことにしている。
ポップな音楽が流れ、
映像と一体になるとき、
俺の自我はそこにはない。
それが気持ちいいのだ。

俺はポップな人間になりたい。
理屈で他人とコミュニケーションしたくない。
だけど、Rに、
ガリバーはどんなことでも自分の知っている
狭い範囲内に勝手にいれちゃうんだもんな、
というようなことを言われたことがある。
俺がポップな音楽を聴いて涙を流すとき、
それは自我の崩壊を感じているのかもしれない。
ポップな音楽は俺の小さな心に収まらず、
目の前にひろがる広大な世界にむかって伸びていく。

ポップな音楽を好きなのは、
自分がポップではないからなのだ。
俺にとってのポップは俺以上に
はるかに大きなものである。
ずっと手にれたくて、手にいれていないものだ。
ギターで自分でポップな曲を作ったりするが、
それだけでは手にいれたことにはならないのである。

MISS-Aで言えば、
彼女達がポップなのではなく、
MISS-Aとファン達の世界が、
俺にとってのポップなのである。
べつにスターになりたいとかそういうわけではない。
MTVのK-POPのビデオ特集を観ていて、
(いい意味でも悪い意味でも)
アーティストの自我を感じさせるものはなかった。
K-POPはファンのためのビジネスなのだ。
ビデオにしろ音にしろ、
ディティールに対する気づかいがすごいと思った。
素晴らしい仕事ぶりだ。
他人への思いやりを感じる。
俺にはないものだ。

これからの世界は
ますますPOPになっていく気がする。
それはハードSFのように、
自我のかけらもない愛だけがある世界に。

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2011年02月07日

革命的バンド「神聖かまってちゃん」

友だちを殺してまで。

うちでは民放をTVで観ることはない。
スカパー、オンリーである。
したがってNEWSもBBCかCNNになるが、
俺は英語がちっともわからない。
世界で何かが起きていることだけがわかるが、
詳細がわからない。

時々、どの国でも「これは大事件だぞ」と、
ひとつの事件を騒いでいるときがあって、
何が起きたんだ! と気になり、
民放のニュース番組にチャンネルを回す。
どこもそのNEWSはやっていない。
日本は静かである。

世界の大事件も日本にとってはどうでもいいことなのだ。
それよりも近くにいる人間の、
心の中がどうなっているのかが重要で、
近くにいる人間と比べて自分はどうなのかが気になり、
誰がズルをしたか、
誰がヘマをしたか、
誰がうまいことやったか、
表情の読めない血色の良い子供達と、
無言のスーツ姿の年齢不詳のひとたちを映す。
ニュースは終わり、バラエティになって、
貧そな顔した芸能人たちが、
お決まりのボケとツッコミをくり返し、
アハアハ嘘くさく笑っている。
民放を観ていると、
大きな不安は小さくなって、
小さなうらみつらみを考えている自分がいる。

インターネットで、
国と国とが革命を呼びかけあうときに、
日本は関係ない。
日本には日本の革命がある。
それがなんのかはわからない。
わからないけれど革命は起きている。
きっと世界から見れば、
あまりにも個人的すぎる革命なのだ。
それでいい。
俺は自分の中の既成概念が壊れていく爽快感を感じたい。
神聖かまってちゃんを知ったときのように。

日本が平和だからって、
ダラダラ生きていくことが可能なように見えて、
実際そうではない。
の子だってインターネットを介して、
モニターの前のひと達に向かって飛びだしたわけだ。
つねに殺意と悪意の海で溺れそうな世の中で、
ガッツをみせなきゃいけないときがある。
ガッツというか、衝動というか。
小さな箱庭に閉じこもり、
退屈で死にそうなときの脱出方法。
の子は(本人にそんな意図はないかもしれないけれど)、
それを示したと思う。
俺にとっては新鮮な登場だった。
その存在の鮮度を
自分の中で腐らせないようにしたい。
湿気の多いこの日本で。


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2011年02月06日

音のある風景「simi lab」



自分がsimi labの何に惹かれているのかを考えても、
いまひとつこれだと言えるものがない。
ヒップホップだからというのもある。
ロックだったらギターのエッヂーさと、
メロディの良さ、
曲の構造が骸骨みたいで良いとか、
長年ロックを聴いてきた
自分の中の評価基準というものがある。
(そんなものをもっているのが間違っていると思う。)
ヒップホップにはそれがない。
自分がヒップホップの何をわかっているのか?
負い目すら感じる。
何もわかっていないなら、
自分の中の正直な気持ちを探るしかない。

QNのルックスが好きだ。
単なるミーハー的感想だと思われるかもしれないが、
ネットで日本のヒップホップを観ていても、
自分的にはそこが重要だったりする。
ルックスとライムの相乗効果というものは
確かにあると思う。
音だけでもいいけど、
視覚としてとらえてなお分かるということは
あるのではないだろうか。

QNの作るトラックとライムとルックスに、
俺はリアリティを感じた。
それは彼らの暮らしている街の息吹として俺の耳に届き、
風景の写真集を眺める喜びに似た感触だった。

QNの自分のことを語っているであろう言葉にも
なぜか「オレオレ節」の自我を感じることはない。
かと言ってファンタジーや、優しさに逃げるわけではなく、
カテゴライズを強烈に拒む強い意志も感じる。
何者かになるつもりはないが、
透明でいるつもりもない。
彼を通して、彼の友人や、家族、街、
街の騒音、彼の視界に入る世界を教えてくれている感じがする。
俺にそんなこと教える義理もないだろうが、
そう感じるのである。
オレはオレなんだということだろうが、
自分は世界を構築している一部なんだという
客観性がにじみでているのだ。
本人の意図とはちがうかもしれないが。
冷静な感じがするということだ。

QNの音楽を聴いていると、
この世界には
確固たる真実などなにひとつないという、
虚無感に似たものを感じる。
トラック、ライム、QNの声、
すべてが一体となって、
パーティーが終わった寂しい感じにも似て、
それはとても解放的だ。
何も正しくないし、
何も間違っていないのだから、
すべてがどうでもいいと同時に、
すべに真剣に向きあってもいい。
こんな風に感じさせてくれる音楽を俺は探していた。

ウィリアム・バロウズは言った。
「すべては許されている」
老子なら許されていないものがあるから、
許されるものがあると言うかもしれない。
QNの音楽は、
自分のスナップ写真と、
自分の観ている街の写真を、
コラージュしたものを差し出してくる。
俺はそれを見る。
そしてQNに「見るだけかよ」と
つっこまれている気もしてあせったりもする。

と、ここまで書いて思ったのだが、
たぶん俺はQNの音楽にまだ距離をもって
接しているのだろう。
まだ俺の中に語るべき本心を見つけられないでいる。
もう少し聴きこんでまた語りたい。



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2011年02月05日

俺のハードSF「simi lab」

Veggy STEADY GO ! (ベジィ・ステディ・ゴー) 2011年 02月号 [雑誌]
Veggy STEADY GO ! (ベジィ・ステディ・ゴー) 2011年 02月号 [雑誌]

この前に更新したのが2010年の6月だった。
現在は2011年の2月である。
約9ヶ月のあいだに何があったのかというと、
Rは雑誌「Veggy steady go!」で占いの連載を始めた。
(血液型占いです。当たりますよ! 雑誌も面白いですよ。
 みなさんもこの一冊で健康になってください。)
イラストは俺が書いています。

で、世界のロック事情では、
オアシスは完全に終わり、
リアムの新バンドBEADY EYEが生まれた。
ホワイトストライプスも解散したらしい。

俺の周りに大きな変化はないが、
ざわざわと何かが壊れていく気配を感じている。
それは地球の環境のような気もするし、
俺がこれまで思い込んでいた社会の在り方だという気もする。
普段目にする景色が映画のセットの書き割りのようで、
押せばバンッ! と倒れそうだ。
現実感のない毎日がつづいている(今のところ)。
漠然と曖昧で、
不安で、ポジティヴな感じ。
この気分に正確な答えを求めると
嘘を言ってしまいそうになる。
社会にあわせた嘘を。
(お前の言う社会って何? と言われるとこれまた言葉につまる。)

音楽は聴いている。
CDも買った。
(そう言えば渋谷HMVが閉店した。
 行ってなかったけど。)
リトル・バーリーの新作と、
キング・オブ・ザ・ウェーヴス
キング・オブ・ザ・ウェーヴス
MAGDA、
FROM THE FALLEN PAGE
FROM THE FALLEN PAGE
Nellie Mckay、
Home Sweet Mobile Home
Home Sweet Mobile Home
JAMAICA、
ノー・プロブレム 通常盤
ノー・プロブレム 通常盤
などである。
買ってからフェイバリットになっているのはエミネムだ。
リカヴァリー
リカヴァリー
何を言っているのかはわからないが、
言葉の音感が気持ち良い。
ライムスターの「マニフェスト」は日本語グルーヴ感と、
言っている内容にもガツンときた。
ガツンときたのは確かだが、
宇多丸さん、Mummy-Dさん達の大人ぶりについていけない感もある。
マニフェスト(初回限定盤)(DVD付)
ライムスターの言葉は
最近の自分内のざわざわモヤモヤ感に対して、
輪郭がはっきりし過ぎている。
そこで出会ったのがshimi labである。
THE SHELL
THE SHELL
現日本の最高の音楽誌エレキングに教えてもらった。
エレキング復刊が嬉しい。
青山ブックセンターに買いに行き、なくてあせったが、
渋谷のタワーレコードにコーナーが出来ていた。
ele-king vol.1

俺はエレキングに夢中であるが、
それは音楽に対しての情熱というより、
SFに対する興味と似ている。
自分のつかみどころのない生活の中で、
リアルを感じさせてくれるアイテムなのだ。
ふたりジャネット (奇想コレクション)
ふたりジャネット (奇想コレクション)

突然終わりますが次はsimi labについて書きます。
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2009年12月10日

WOMB adventure09 オレのアドヴェンチャー

自分にとって音楽とは何だろうフリーダイヤル
退屈な人生のスパイス?
生きる為のモチベーション?
そのふたつは同じもの?
自分にとって音楽とは何だろう?
考えても答えがでるものではない気もする。
その答えを探すように、
俺はCD屋に足を運んだり、
WOMB ADVENTURE09に出かけたりするのだ。

雨が降り、気温も冷え込む夜に、
多くのひとが幕張メッセに詰めかけていた。
俺とRもIDチェックの列に並ぶ。
会場からはリズムがもれて聴こえてくる。
それだけで非日常的な高揚感が体を包む。
手荷物検査ではお気に入りの
フェアトレードのコーヒーを取りあげられた。

俺とRは音楽的嗜好がちがう。
Rはどちらかと言えば緻密な音やリズムの構築を好み、
俺はダイレクトなメロディとリズムが好きだ。
中に入ると、俺の希望でKITSUNE AREAからスタートした。

Paris
GILDA&MASAYAはCDで聴くよりも、
フロアで体感するほうがグッとくる。
CDではメリハリのないプレイだなと感じていたが、
それは間違いだった。
DJプレイにある隠し味のようなロマンチックさが、
会場で体感することによってわかる。
フランス映画のような低温の盛りあがりが要所要所にくるのだ。
音で空間をつくるというのはこういうことなんだなと思う。
家に帰ってCDを改めて聴き直すのが楽しみである。

デジタル主義(初回限定盤)
俺はDIGITALISMの登場を心待ちにしていた。
するとRが言い出した。
「Josh Winkも見たいんだけどドコモポイント 」
「…がく〜(落胆した顔)
Rのミニマルテクノ節が出て、
俺は昨年のWOMBカウントダウンの悪夢を思いだした。
単調なリズムを聴く息苦しさ…。
ゴールの見えないマラソン。
しかし、自分が慣れ親しんだものしか聴かない後進的な奴だと
思われたくないので同意した。
「じゃあ移動しよう犬
KITSUNE AREA の倉庫の隣にある、
CLICK2CLICK SPECIAL SHOWCASEの倉庫へ向かう。

When a Banana Was Just a Banana
Josh Winkが低音を規則的につむぐ。
ドッドッドッドッと体にくる。
「これは心臓マッサージか」
すでにヨガダンスに入ったRに皮肉を飛ばす。
「ガリバー、この音楽で瞑想してみなよ」
突っ立ってのっているふりをしていても、
なんの進展もないのでRの言う通りにしてみる。
目を閉じて最近覚えたばかりの、
立ったまま瞑想を行うポーズをとる。
すると不思議なことに退屈なだけのリズムの反復が、
物語性を持ち、俺の体に流れ込んでくる感じだ。
これは気持ちいいかもしれない。
体を音にあずけていると、
全然単調な音なんかではないことに気づく。
Josh Winkの音楽には大きな物語性がある。
Josh Winkを素晴らしいと思うと同時に、
今年一年で自分の中の音楽キャパシティが
広がっていることに気づいて嬉しくなった。
ヒーリング・ミュージックに興味を持ったり、
グレングールド、坂本龍一を聴いたりしていたのが、
こんなところにつながってくるとは。
年末にこんなサプライズが用意されていたとはな。
ミニマルテクノっていいじゃないか!

そうこうしているうちに2時になり、
DE9: Closer to the Edit
RICHIE HAWTINの登場だ。
規則的な反復リズムながら、
時折、盛りあがりのフックもある。
分厚い音の向こうに見えるリッチーに憧れた。
気づくと踊らされているという感じで、
音の魔術師である。
CDを買おうと思った。
お気に入りのラジオのDJが、
『ミニマルテクノはハマるといくらでも踊れる音楽だ』と言っていた。
本当にその通りだ。
だが、デジタリズムも見たい。
俺のDNAが求めている。
Rに戻ろうと声をかけた。

デジタリズムの会場で俺とRは存在感が薄いのか、
やたら会場を出るひと入ってくるひとに突進され、
腹がたったのでアグレッシブに踊った。雷
奇声を発し、踊りまくる自分に盛りあがってしまい、
冷静にデジタリズムを堪能できていたかは疑問だ。
Rは自分に向かってきたグループに自分の存在を主張する意味で、
両手をあげたら笑顔でハイタッチ手(パー)されていた。
妙なコミュニケーションの場が生まれる。
俺も奇声を発し、
振りあげた手はむっつり顔の男性に降りはらわれた。

2つの会場の通路途中は休憩所になっており、
常に満員状態だった。
マクロビオティック2年を経て、
RAWFOODに切り替えた俺は疲れ知らずだ。
こういうオールナイトイベントに来ると、
自分の体力と気力が落ちることのないことに気づく手(グー)
とくにRAWFOODにしてからは、
エネルギーがありあまっているのだ。
俺とRはこの日、ほんの少しの一服をはさんでひたすら踊っていた。
明け方、フロア後方でゾンビ映画のように倒れているひと、
三角座りでうつむいているひと達もいたが、
俺たちのテンションは落ちることはない爆弾
ちなみにRは男の子に「かわいい 揺れるハート !!」と指をさされ
まんざらでもなさそうだった。犬

WOMB ADVENTURE09で、
自分にとって音楽とは何なのかという答えはでなかった。
だが自分にとって菜食でいることの意味はわかる。
人生を楽しむには(年齢を重ねていくうえでなおさら)、
健康な肉体が必要なのだ。
誰が言っていたが思いだせないが、
健康な体に不健全な精神が理想である。
俺とRは明け方会場を出ると表参道に移動し、
7時半に開店したカフェでエスプレッソを飲みながら
昼くらいまで自分たちの体力と気力を賞賛した。
とくに俺はこのまま遊んだうえで、
もう一晩くらい踊れそうな自分が、
薄気味悪くすら感じた。



CDRのWOMB ADVENTURE09日記はこちら

ガリバーの健康自慢にうんざりしたひとは押してみてぃ〜banner_02.gif
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2009年09月17日

朝の音楽

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年録音)  Crooked Rain, Crooked Rain

僕のi podにはグレングールドとペイヴメントがはいっている。
シャッフルされて交互に流れるのだが、
まったく違和感がない。
通勤途中の街並がグールドのピアノで
映画のワンシーンのように見える。
大きな出来事が起きる予兆を感じさせる風景場面、
もしくはすべてが終わった後のラストシーンという感じだ。
グールドのピアノは神の俯瞰だなと思う。

その後グシャグシャのペイヴメントが流れはじめると、
思いきり両手をあげたくなる。
自分はまだ生まれたばかりの子供だ。
のしのし未知の時間に向かって歩いて行く感じ。
なんでもOKという気分になる。

天才的なピアニストによって奏でられるバッハと、
90年代を代表するローファイサウンドの流れによって、
自分は人生という映画の中で何度も死んで、
何度も誕生していることに気づかされた。
すべてが許されている。
とってつけたようなテーマも、
絵に描いたようなメロドラマもいらない。
自分の存在は世界の一部であり、
そのことを実感したときに僕は感動する。

i podで気分が良くなったからって
意味のある1日に出来るかは自分しだいだ。
だけど自分がポジティヴなオーラに包まれるのを感じる。
これは一種の音楽療法なのだろうか。

i podをしていないときも音楽的な体験があった。
ある朝、
とても前向きな表情で空を眺めている女性がいたから、
なんだろうと僕も空をみあげたらぬけるような青い空だった。
僕が空を見あげたことで、
すれ違いの男性もつられて空を見る。
女性につられて僕や男性が空を見るから、
通勤途中のひとたちが“なんだなんだ”と空をみあげた。
そこにはただの青い空しかない。
誰もが納得したというすがすがしい表情をしていた。
これは最初に空をみあげた女性が発した音を、
みんなが1曲につなげていったという感じがしたのだが、
どうだろう。

僕と君とのメロディをかなでてみてぃ〜ひらめきbanner_02.gif
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2009年08月01日

ビートルズと瞑想

最近、雑念に心を支配されて
何をするにも集中力を持てないでいる。
今日なんて腕時計をなくしてしまった。もうやだ〜(悲しい顔)
このままでは腕時計をなくすくらいではすまない
大きな災いを招いてしまう気がする。
心をかきみだされている自分を素直に認め、
いまいちど精神をリセットして、
ネガティヴサイクルから脱出するのだ。

こういうときに相談するといいのがR先生である。ドコモ提供
R先生は精神世界の真摯な探求者なので、
現在の俺の問題を解決する良い方法を知っているはず。
R先生に聞いてみると、
ドコモポイント「“瞑想”がいいよ」とおっしゃるではありませんか。

ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


Californication
瞑想と言えばリックルービンを思いだす。
バンドのプロデュースをする際、
良い音をひきだす秘訣は? と聞かれ
「瞑想の中に答えがある」と言っていた。
そのとき以来なんとなく瞑想は気になっていたのだ。
レッチリの復活&名作「カリフォルニケイション」も
ある意味瞑想から生まれたと言えるのではないだろうか。
瞑想はロック好きな俺にぴったりな
集中力をとりもどす方法だ。


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


Rがシンプルな瞑想のやり方を教えてくれた。

真っ暗な部屋のなかで座禅を組んで目を閉じる。
自分の呼吸に意識を集中し、
それ以外は考えないようにする。
眠るのではなく心を“無”にするのだ。

「無にするのだ」と言われているのに
目を閉じると次から次へと雑念が浮かび、
気づくと雑念に心を奪われている。
これではいかんと思い、
雑念を追い払うと新しい雑念が浮かぶ。

あとでRに教えてもらったが、
心に浮かんだ雑念は
目の前をスルーさせる感じで消すらしい。
俺みたいにいちいち浮かんだ雑念に
ひっかかっていてはダメなのである。
そうこうしているうちにタイマーが鳴って目をあけた。時計

瞑想で雑念を追い払うことは出来なかったが、
気づいたことがある。
現在の俺は雑念まみれであるということ。
目を閉じた暗闇のなかで自分の雑念がヴィジュアライズされ、
まるで雑念のサイケ絵巻のようであった。


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


話しは少しそれるが近頃ビートルズをよく聴き直している。
Rにベースを教えるためであるがそれはまた別の話。
ビートルズを聴いていると、
自分がロックを聴き始めた頃を思いだす。
同じクラスの友人に
なにかカッコイイ音楽はないかと聞くと、
ビートルズの全アルバムを貸してくれたのだ。
俺はそのときまで知らなかったが
彼はビートルズマニアなのであった。

初めてビートルズを聴いたときの
自分の夢中具合は忘れられない。
友人から借りたアルバムを抱えて学校から家に帰ると
さっそく聴き始めた。
やめられなかった。
夜が明けて窓の外が青くなってきても繰り返し聴きつづけた。
あれこそ“無心”というのではなかったか。
ビートルズのメロディだけが俺の心を満たしていたのだ。
幸せな時間であった。
その時のひとつのことに没頭する幸福感を
現在の俺は取り戻したいのである。
明日からも瞑想に真面目に取り組もうと思う。
初めてビートルズを聴いたあの夜の自分にGET BACK GO!

ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)

ちなみにRは俺にこう言った。
「ビートルズのベースって誰がひいてんの?」
「…」

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2009年01月09日

ANDRE GALUZZIでカウントダウン

2008年12月31日、俺とRは渋谷のクラブ“womb”にいた。
ミニマルテクノの実力派、ANDRE GALUZZIのプレイを体験するために。

2009年へのカウントダウンにむけて
フロアはひとの数が急激に増えていく。
その数は半端ではなく、
踊ることはもちろん動くこともむずかしい。
周期的に押し倒されるような波がやってきて、
誰かが転べば大事故につながりかねない危険な状態だ。
だけどそんな必死な危機感を持っている俺のよこで、
Rが楽しそうな笑顔をしていて驚いた。
よく見るとみんなも苦しそうながら楽しんでいるようだ。
俺は蒸し風呂のように暑く、煙草くさいこの場から一刻も早く脱出したかった。
ふんばる足元は
ビールかコーラでベタベタしていて気持ち悪い。
そういう状況で聴くミニマルテクノは
俺にとって苦痛のBGMだった。

ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)

壁には大きなデジタル数字が表示される。
あと15分…10分、あと5分…。
カウントダウンが終わればすぐに帰ろう。
帰れると思うと、
心なしか単調なリズムも盛りあがって聴こえる。
アナウンスが流れる。
「Are you ready Tokyo〜〜!?」
10、9、……3、2、1! 
ハッピーニューイヤー!

(ぜひ一番目の動画を流したままで、こっちも再生してみてください。音が、その場と同じような臨場感になります)

ライトアップされたフロアにキラキラ光る紙吹雪が舞う。
透明の巨大なビニールボールがみんなの頭上を跳ね回る。
俺も笑顔のRに叫んだ。
「ハッピー・ニュー・イヤー!」
「ハッピー・ニュー・イヤー、ガリバー!」
「じゃあ、そろそろ出ようか」
「えーッ! ここからもっと良くなると思うよ」
『もっと』って、、、俺にはそうは思えない。
カウントダウンに入るまで1時間くらい聴いていたが、
延々とリズムが繰りかえされるだけで、メロディのない、
盛りあがりどころがよくわからない音楽である。
Rを含む周囲の何人かは「ココきてる!、カッコイイ!」などと、ANDRE GALUZZIの音を理解しているようだが、俺にはわからない。
唐突だが家に帰ったら曲を作ろうと思った。
リズムレスにしよう。
ギターで弾き語るメロディアスな音楽を作ろうと思ったのだ。
なぜか妙にクリエイティブな気持ちになったのは
テクノじゃない自分を再確認したからだ。
Rが帰るのを拒否するので、
ジャンケンで決めようということになった。
俺が勝った。
「遅だしだ!」と騒ぐRを引っぱり出口へ向かうと
…ガーン! とても出られる状態ではなかった。
カウントダウンが終わったらすぐに帰ろうとする無粋な奴らが、団子状態で出口につまって微動だにしていない。
その衝撃的な光景に俺は神の意志を感じた。
『まだ残れ』と。
2008年までは俺の幼年期だ。
理解出来ないことを放棄するのを自分に許して来た。
だが、2009年からは
未知のことにコミュケーションしていくのだ。
一瞬の間にそう告げられた気がした。
「もどるか」
俺のあっさりした態度に疑問を持つこともなく、
Rはうなづくと先頭をきって
逆流してくるひと波をかきわけていく。

ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)

ANDRE GALUZZIの音に身をまかせると、
ときどき妙な気持ち良さを感じるときがある。
音の強さが気持ち良いのだ。
曖昧でなく確信を持って鳴らされる音に、従いたくなる。
たしかにANDRE GALLUZZIの音はカッコイイ。
生きざまがにじむ音だ。
出している音とANDRE GALLUZZIに矛盾がないからだろう。
だが、まだ俺の精神は
ミニマルテクノをとりこみ、
快感へと昇華させることを拒んでいる。
これはなんだろう?
異星人と自分は、宇宙の中で同じ存在だと
理解できないのと同じではないか。
音楽はすべて音楽であり、クオリティが高ければ
どんなジャンルでもコミュニケーションをとれるはずだ。
自分のかたくなさに気づいたとき、
成長しようと心に決めた。

ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)

午前2時すぎまで踊るとさすがに疲れて来る。
足も痛くなってきた。
Rに「帰らない?」とたずねると、
「いいよ」と憐れみの表情で同意してくれた。
元旦の渋谷の空気は顔が切れそうなほど冷たい。
Rと「どうだった?」と歩きながら話す。
Rはまだ少しいたかったらしい。
俺はミニマルテクノから解放された喜びと同時に、
言葉にするのがむずかしい感情があった。
ANDRE GALUZZIの音楽は好きではないけど、
嫌いというほど単純な言い方はできない。
映画2001年のオープニングを思い出す。
原始人が初めて石を道具として使い始め
骨を叩き割る瞬間が描かれる。
それはさりげなくも大きなドラマだ。
あの感じに近い。
つまり俺にとってはけっこう衝撃だったということ。
俺の幼年期の終わり。
ANDRE GALUZZIというモノリスの到来によって
ニューイヤーが始まったのだ。


幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

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2008年12月03日

RにDigってもらいました。Pt2

★前回までのあらすじ
思いもよらないアルバムとの出会いを期待し
ある日レコード屋にRを連れて行って、
「このレコードの山の中から俺好みのいいアルバムをDigってよ」
と、失敗しても損害はない100〜300円の格安コーナーの前で頼みました。
それから俺が疲れきってもういいよ、というほどの時間、
Rは真剣にCDをDigってくれました。
その結果、今回は2枚のアルバムとの出会いがあった。
(本当は十数枚選んでくれたんだけど恐くて2枚しか買わなかった)


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


Rにdigってもらったはいいけど、
これを聴くかと思うと正直かったるい。。。
だって、このJKじゃなあ〜、新しい出会いっていうより
なんか、、、遺跡観光をしているみたいだなという感じ。
で、DWIGHT TWILLEY BAND「Twilley Don’t Mind」 
Sincerely/Twilley Don't Mind
(このアルバムは2in1だが右下のTwilley Don’t Mindだけを購入)
このアルバム、Rは「JKからいい感じがただよっている」と言っていたが
俺に言わせりゃなよなよした男たちの女々しいニューウェーヴで、まあメロディックならいいかなぐらいな印象だ。
しかし聴いてみると、
意外にも、古くささのないロックンロールが飛びだして来て新鮮だった。
伝統的なレシピで作ったスープがうまい! 
まさに今、マクロビオティックの食事が見直されているのと似ているかな。
2曲目は何度もリーピート再生したくなるほどの名曲。
曲名は“Looking For Majic”。いい曲名だ。
トム・ペティ参加だそう。


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


2枚目はTHE LIGHTNING SEEDS 「CLOUDCUCKOOLAND」。
これはちょっときつかったな。
悪くない、むしろ1990年代だったら名盤だったと思う。
曲もよく出来てるけど、時代を越えていけるアルバムっていうのは曲のよさだけじゃないと思う。
だけどこれは、なんていうか、思いきりのよさっていうか
抜けがないアルバムだった。
頭で考え過ぎたのって、
だいたいにして時代に埋もれるような気がするな。
このJKの男のひとがなんとなく、時代を憂いているみたいな表情ね。
Cloudcuckooland
イギリスでは国民的な人気があるらしい。
Rに聴かせると、ティアーズに似ていると言っていた。

まあ、そんな感じもしなくも、ないか。
と言ったら「それどころかそっくりじゃん!」と怒鳴られた。
なんでぃ〜。


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


まあ、ひとに選ばせといて、
なおかつ100円ですましてるくせに偉そうなこと言うのもどうかと思うけど
これが正直な感想です。
いろいろ言ったが、RのDigはけっこうすごいと思う。
どこがすごいって、一番すごいのは
あの100円のカスコーナーから
ハズさないでDigったっていうのはやっぱりすごいよ。
2枚とも外す可能性だってあるわけだから。
それとあと俺の好きな音の幅の中にボールを入れてくるなってこと。
俺の好みの音の幅って、じつはかなり狭いと思うんだけど
それを考えると、
けっこう名サッカープレイヤーのようなシュート(ディグ)をしたと思う。


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2008年12月01日

RにDigってもらいました。

新しい風を求めて俺はレコード屋に向かう。
だが、いつも手に取るのは自分がなじみになじんだ
70年〜80年代のNYパンクや、90年代ロックばかり。
これでは、いかんと思いRを連れていった。
俺のかわりに、新しい視点でRにDigってもらうのだ。
Rなら直感のみのDigりなので、
俺のようにディスク・ガイドにふりまわされることもない。
100〜300円コーナーでDigってもらう。
失敗しても損害はたいした額ではない。
Rを信用していないわけではなく、
Rの泥沼の中から金塊を見つける才能を見たいのだ。
もちろん失敗してもたいした金額ではない。


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


まず1枚目DWIGHT TWILLEY BAND「Twilley Don’t Mind」だ。
Sincerely/Twilley Don't Mind
(このアルバムは2in1だが右下のTwilley Don’t Mindだけを購入した)
まったく知らないバンドだ。
もちろんRも知るわけがないが、
JKから漂うなにかいい感じがあったらしい

2枚目はTHE LIGHTNING SEEDS 「CLOUDCUCKOOLAND」
Cloudcuckooland
なんとなく見覚えがある気がする。たぶん売れていたんじゃないかな。
バンド名も見覚えがある。聴いたことはないが。
これは俺の好きそうな感じとRは言う。
たしかにそうかもしれない。
その他に8枚くらい選んでくれたが、
俺の選んだのはこの2枚である。


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


俺はRの真剣にDigる姿を見て、
これが音楽愛ってやつじゃないかな〜と考える。
得たいの知れないアルバムの山から直感を駆使して、
お宝を見つけようとする、その姿勢に感服した。
知らないひとが見たら(俺以外のみんなのことだが)、
ひたすら盤をあさりつづけるその背中は立派なディガーだ。
ねっちこい見方をする隣のサラリーマンにまけていない。
俺なんかイギーポップのリマスター盤を握りしめて、
BECKのコーナー見てたもんな。犬
なんの進歩もない。これじゃあだめだ。
音楽を見つけようとする姿勢と、
音楽を集めようとする姿勢のちがいだろう。
新しい風を受けにレコード屋に行っているどころか、
俺の場合、古い家の匂いにひたりに行っている感じになっていた。

家に帰って聴いた感想は次回に書きます。

それではハバーナイスデイ!手(パー)

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2007年07月23日

ガレージバンドでRと合作 その2

(まったくもって自己満足な企画)
前回のエピソードはこちらバッド(下向き矢印)
       ガレージバンドでRと合作 その1

ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)

GarageBand―クリエイティブサウンド&デジタルレコーディング (Appleトレーニングシリーズ)

Rからメモリースティックを渡された俺は
ここ数日その曲をリミックスしていた。
ガレージバンド歴1年の匠の技を見せてやる
と張り切ったのだが、
いまひとつイメージ通りに出来ず…。もうやだ〜(悲しい顔)

最初は、もっと磨きをかけて
プライマルみたいに要所要所パンチのある曲に
近づけようと思った。
だが、いじってみてまず思ったのは
Rのサンプルの貼付け方が
メチャクチャだということ。むかっ(怒り)
小節(枠)にハマらず好きなくっつけ方してるから
1回いじるともはや修復不可能になるし、
Rの原曲を大切にしようと思っても
すでに脱線した道をもどれない…
っていうのかな…。モバQ

しかもRの曲は、
突然わき起こった小さな竜巻みたいなものだから
手を入れるとその流れが停まっちゃうんだよね。

これではRの株をあげるために
連日寝不足になりながら苦労したようなもんだぜ。
なっとくいかねぇ。雪
今度は俺の曲をRにリミックスさせてやる。
それで勝負だ!パンチ

これが俺のリミックス版。よかったらちぇきなう。





ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)

位置情報de los Paganosのpacoさんが
「ガレージバンド」の記事の中で
ぼくたちのblogを紹介してくださいました演劇
pacoさん、いつもありがとうございます黒ハート揺れるハート

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2007年07月19日

ガレージバンドでRと合作 その1

GarageBand Jam Pack
Rとガレージバンドで曲を合作するのがはやってる。

おれがガレージバンドの操作の仕方を教えてやると
Rが曲をさっそく作ったという。

どうせピコピコチャカポコいってるだけの
くらだらない
曲にすらなっていないものだと思って
期待せずに聴いたら
意外にもよかった。
ガレージバンド慣れしている俺には新鮮だった。
ガレージバンドでこんな力強い
ハードテクノみたいなもののニュアンスを
再現できるなんてなと驚いた。
ぶっちゃけサンプルの構成をパッとみたときは
なんじゃこりゃ!
どっからこんなサンプルをみつけてきたんだ?
おまけに変な貼付けかたをしてるななんて思ったわけですよ。

でも再生してみたら
ちょっとプライマルスクリーム風でもあって、
なんかかっこいいじゃないかと不覚にも
思ってしまったのであ〜る。犬

Rがガレージバンドで
ちゃんとした曲をつくるのは
まだ2曲目だ。

ちなみにこれが、そのRの原曲。クラブダイヤ



次回は、
これを俺がリミックスしたバージョンをあっぷするので
よかったらちぇきネクストるんるんスキー



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2007年01月16日

新春特別企画『RのJK占いを検証する』

「今回は新春特別企画といたしてまして『RのJK占いを検証する』というのをやります」
「ホッホー 雪

「…そのことについてRはどう思いますか? 自分のJK占いを検証する、なんて言われて」
「どういう意味かわからない」

「だからRの占いについていろいろ探って行こうと思ってるんだけど」
「本当かどうか探るってこと?」

「まあ、本当かどうかというか、占いとひとことで言ってもさ、得体が知れない感じがするじゃない。だから」
「どうやって占っているか知りたいわけ?」

「ブログを読んで下さっているみなさんが知りたいかどうかはわからないけれど、たまにはこういう企画もいいかなと思って」
「いいよ。じゃあやろうよ」

「はい」


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


「じゃ、まず最初の質問で〜す。占いやすいJKと占いにくいJKがあると思うんだけど、そのちがいについて教えてよ」
「占いやすいのはね、やっぱりデザイン的にいいJKは占いやすい」

「デザイン的に良いJK? Rの言う『デザイン的に良いJK』ってどんなのなわけ?」
「だからデザインとして良いJKってあるでしょ? パッと目をひくJKとかさ〜、あと文字と絵柄のバランスがいいとか、とにかくデザイン的に優れた刺激的なJK」

「ふん、ふん、ふん」
「そういうJKは占いやすい」

「なるほど」
「パンチがきいていて、なにか語りかけてくるJKは占いやすい」

「ほうほうほうほう。逆に占いにくいっていうのは?」
「なんか閉じてる感じの絵がついてるやつ、で、文字のバランスの配置とかもピントがずれているような、そういうJKは占いにくい。あとボケたような感じの絵とかね」

「ああ、なるほどね〜。良いJKは語りかけてくるって言ったけどさ、語りかけてくる感覚ってどういう感じの感覚なの?」
「まるで音が聴こえるような。なんかJKから手が伸びてきておいでおいでって誘ってるみたい」

「それが良いJKを占っているときの感覚なんだ?」
「うん。わかんない」

「ふんふん。……なるほどねぇ〜 犬


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「Rって、好きなタイプの音とかってあるの? あるとしたらそれはどういう感じ? あの、これは次の質問に行くための前振りなんですけどね」
「ええとね…あの〜、エッヂーな音が好きです。それと小さい頃から聴いていた音楽の影響だと思うんですけど、後ろノリみたいな音楽が好きです」

「ソウルフルなやつ?」
「そうですそうです。ソウルフル、なニュアンスがはいっているやつが好き」

「例えばどんなバンドのどんな曲が?」
「わかんないけど、ガリバーが『Rの好きなのは全部そうだ』って言ってた」

「Rにバンド名とか曲名言えって言っても無理だろうとは思ったけど…。そうだね、たしかにRが良いっていう音楽は後ノリが多い」
「前ノリのはダサく感じて聴いてて退屈だ」

「最近ではアークティック・モンキーズをよく聴いていたね」
Whatever People Say I Am, That's What I'm Not
「うん。そう全曲一緒に歌えるようになるために練習してんの」

「で、本題の質問なんだけど」
「うん」

「R自身、まったく自分では聴かないジャンルの音でも、JK占いにおいては、なぜか“これは良い”とか言うじゃないですか?」
「そうそうスノーパトロールとかね。後で試聴してビックリした」

「で、Rが占いで“良い”って言ったJKのアルバムを、占いの後実際に聴かせたりするとさ、“とめろ〜!”って怒りだしたりするじゃない」
「ギャハハ。不思議だね」

「そこで聞きたいんだけど、RがJK占いで『良い』って言う場合、それは誰にとってどう良いのか?」
「一般的に良いっていうことで、自分が好きかどうかっていうのはまるで関係ないところで占い結果は出てるんだと思う」

「一般的に良いっていうのも難しくない? こんなに嗜好性が多様に別れている現代において、一般的な良さを限定するなんてさ」
「そうだね」

「だけどすごく売れるCDがあるってことは、実際、嗜好が多様に別れている中でもみんなが“これは良い”って思えるアルバムがあるってことだとは思うけどね」
「その売れるっていうことを基準にして言ってるんだと思うよ。直感が」

「ふーん」
「たぶんね。自分でもわかんない」

「なるほど」

ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


「売れないJKっていうのはわかるの?」
「うん。パッとみてすぐわかる。で、そういうJKは、今は売れてるとしても後に残らないですぐに消えていくことが多いみたい」

「ほう。たとえば?」
「…忘れたけど」

「じゃあ、売れるJKの要素は? さっき言っていたデザイン的に良い以外にもなにかある?」
「何かがハッキリとしてる本質が見えること。クッキリと」

「これは売れるなって感じたアルバムで印象に残ってるJKってある?」
「あるある。一番最初に占った…あれ、なんだっけ? グウィネスのだんなの」

「コールド・プレイか」
「コールド・プレイのJKとか、すっごい売れると思った。あとクラップ・ハンズ・セイ・ヤーとか。ああいうの売れるJKだなと思った」

X&Y クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー
「ああ」
「クラップ・ハンズ・セイ・ヤーはちょっと異質だし内容は占いづらかったけどね。JKの本質自体はすごく良かった。なんかウニョウニョニョのぼりかけてるなにかを感じた」

「なるほどね」


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


「Rはよく占いの中で『自由な音を鳴らしている』とか言うでしょ? “自由”という表現をよく使うよね?」
「うん」

「音楽をやるうえでの自由さというのをRはどう考えているの?」
「うーん。既成概念にはまっていないかってことかな。変化を恐れてないとか」

「Rも自由なJK占いをするよう心がけていると思うんですけど、」
「うん」

「占いをするうえで自由さを保つために気をつけていることとかってありますか?」
「ああ。…自分に嘘をつかないように生きることかな、細かなことでも。イヒヒヒヒヒ…ドコモポイント

「ええッ?!」
「ウヒャヒャヒャヒャヒャ(笑)あれ?…こういうことじゃないの?」

「あ! ああ、…普段から気をつけていることを教えてくれたんだ?」
「うんうん。そうです」

「あ〜〜。なるほど。普段から気をつけてることが、Rの占いには重要だと」
「そ」

「細かなことにも自分に嘘をつかない。じゃないと良いJK占いはできないんだ?」
「そうそ」

「……なんで?」
「自分に嘘をついているとパイプの中にゴミが溜まるからだよ。アハハハexclamation×2(なぜか爆笑)」

「ああ…。なるほど、Rは自由に生きようと努力しているだけだと。なるほどわかった……。アハハハハ」
「アハハハ!」

(なぜか2人で爆笑)

ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


「Rは普段、絵を描いたり、詩を書いたり、コラージュしたり、いろんな創作をしていますがそういうことは占いに影響を与えていますか?」
「与えてると思います」

「ほうほう、どんなふうに?」
「創作をしている時ってどこからかインスピレーションがやってきて、それの尻尾をつかんで…ま、とにかく芸術の神髄を追求したいと思ってやっているわけだから、そういう状態を自分でも体験することによって、占うときにそのアルバムを創った人の感情が自分の中にはいりやすくなるっていうか。わかりやすくなる」

「なるほどね。共鳴しやすくなるってことだな」
「そうそうそう」

「ふーん」
「そうじゃないと微妙なこととかも今ひとつキャッチできないことがもっとあったかもしれないと思う」

「なるほどねー。Rはけっこう突き詰めて創作をやっているよね」
「はい」

「やはりその突き詰める姿勢が大切なんだろうな。どうなんだろ?」
「絶対大切と思う。突き詰めてやらないかぎり得るものはないと思う」

「突き詰めるってどういうことなんだろう?」
「だからさ、鶴の恩返しみたいにさ。鶴が自分の羽をぬいて着物を織るでしょ」

鶴の恩返し

「! えらい古典的な例えだね〜」
「でもなぜかいっつもそれ思い出すんだよね」

「そうなんだ。で?」
「それってすごいリスクがあるでしょ。自分の毛を全部ぬいてそんな着物つくってどうすんの!」

「ああ、毛じゃなくて羽だけどね」
「でも鶴はそうしたいわけじゃない? 死ぬかもしれないようなリスクを背負ってもステキなものを作って見せる!っていう姿勢はすごく大切だと思う」

「はー」
「でもそれが全部上手く行けば鶴はさ〜、ほら、なんていうかハッピーエンドなわけだからさ!」

「…ああ、良い着物ができるということだよね」
「鶴が満足して幸せな気持ちになるってことだよ!」

「、、ああ、そうか」
「まあ、、良い着物もできるけど」

鶴の恩返しってそんな話の結末じゃなかったような気がするけど、ま、言いたいことはわかるよ」

ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


「音楽JK占いBlogをやっていて良かったなと思えることってありますか?」
「うん。これをやっていなかったらこんなに音楽を楽しんで聴いていなかったと思う」

「そお? Rは音JKをやっていなくてもそれなりに楽しみながら聴いてたんじゃないの?」
「でもガリバーからもらったCDとかしか聴かないから。ガリバーが『音JKやっていなかったとしたら、もう現代の音楽状況についていけないっていう状態だった』って言ってたじゃない、そうなると自分にも入ってこなかったわけだから。ガリバーと一緒に、占った音楽を『検証だ』とか言って新しいのを聴いたりしているうちに好きなのとかもでてきて、そうなるとすごく楽しくなってきて、これからも音楽がどうなっていくのかがとても楽しみ」

「たしかにな。俺もこの音楽JK占いBlogをやっていなかったとしたら、たぶんまだ1977年あたりから1998年くらいで止まっていたかもな」
「2000年までは行ってるでしょ〜」

「いや、俺の最新盤はペイヴメントあたりで終わっていたと思うな」
「は〜」

「音JK占いやっていて良かったよ」
「良かったね」



ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)

「では最後の質問ね。質問者に対して、って質問者って俺なんだけど、求めるものはなんですか?」
「占いのときに、…あの〜、真剣に質問考えてきて。眠そうな顔をしないでほしい」」

「してないけど!」
「あと途中でヒステリー起こして怒りだしたりするのやめて欲しい」

「なんか俺が望んでいた答えとちがうな〜」
「じゃあ、次はガリバーの質問を検証しようよ」

「そんな内輪内輪のことばかりやっていたらみんな読んでくれなくなるんじゃないかな」
「最後にガリバーへの質問で締めればいいよ」

「うん」


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)


「じゃあ最後にガリバーへの質問ね。ガリバーは音JK占いの質問をどんな気持ちで作って、Rにしていますか?」

「変な考え方なのかもしれないけど、そのアルバムの内容が浮き彫りになるようなことをRが発言すればいいなと思って質問している。でもこれって、普通ミュージシャンに聞くことだよね(笑)。でもそ占いでそういうのができたら、」
「楽しいね」

「楽しいじゃない」
「うん」

「それに“HOUSE”って知ってる? FOXでやってるドラマなんだけど」
House: Season One (3pc) (Ws Sub Ac3 Dol Slim)
「うん、知ってるよ、ガリバーしつこく薦めるから観てる」

「HOUSEという名前の医者がいるわけ。アウトローなんだけどブラック・ジャックみたいなすごい名医なの。でもブラック・ジャックとちがうのは患者と直接会っても話を本気で聞かないわけ。なぜならHOUSEは“患者はかならず嘘をつく”って言うの」
「うん」

「“患者の話をいくら聞いても、その患者の本当の病気を探り当てることはできない”って言うのね、ハウスは。俺はね、音JK占いにね、その姿勢を持ち込みたいなと思ってるわけ」
「たしかに!ミュージシャンはインタビューで嘘をつくもんね」

「そう」
「カッコイイ!!」

「(自分の話に感動して目を潤ませるガリバー)」
「その話カッコいいねッ!」

「HOUSEっていうドラマを観ていないとわかりづらい話なのかもしれないんですけどね。わーい(嬉しい顔)(照)」


ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)ー(長音記号2)

最後になりましたが、みなさまへ

いつも読んでくださってとても感謝しています。
2007年もよろしくお願い致します。

ガリバー&Rより


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posted by ガリバー at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ガリバーのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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