2011年03月09日

悲しみとリズム

Fabric55 - Shackleton: Mixed By Shackleton
Fabric55 - Shackleton: Mixed By Shackleton

仕事からの帰り道、
背後でひとのすすり泣く声がした。
振り返るまえに俺の横を男が通りすぎる。
30代なかばくらいのサラリーマンだ。
肩をあげて泣きながら駅のほうへ歩いていった。
いい年の男が泣くのをがまんできないくらい、
いったいなにがあったのか?
仕事でよほどくやしいことがあったのか、
それとも彼女にふられたとか、
それとも…。

俺にとっての
泣くのをがまんできないくらいのことは
なんだろうかと考える。
大切なことはやはりあって、
自分をささえているものがなんなのかに気づく。

音楽は一番大切なことではないと思う。
だが、音楽がなければ
俺の人生において俺の魂は
もっとはやくに死んでいただろう。
退屈によって。
音楽は俺と他者とをむすびつけてくれた。
俺にとって他者と深いコミュニケーションを感じたとき、
そこには必ず音楽があった。

そういえば泣いていた男性の耳もとに
i podが見えた。
もしかして涙の琴線にふれる曲を聴いていたのか?
いやあれはそんな感じじゃなかった。
音楽でもいやされない悲しみという感じだ。
悲しみのサラリーマンのせいで、
もやもやとなんとなく落ちた気分で家につく。

シャックルトンを聴いた。
意外にもミニマル・テクノは
落ち着かない、もしくは落ち込んだ感情をリセットする。
人間はもしかしたらメロディよりも、
リズムというものが精神の根源に触れるのではないかと思う。

お前のひとりごとより占いをしろというひとは
ここを押してみてぃ〜banner_02.gif
明日、Rと占いをする予定です。
乞うご期待!
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2011年03月08日

アメリカン・アイドル シーズン10

American Idol: 10th Anniversary - The Hits 1
American Idol: 10th Anniversary - The Hits 1

アメリカン・アイドルのシーズン10である。
前回の優勝者はクリス・アレンだと思っていたら、
それはシーズン8の話しである。
シーズン9はあまりにも挑戦者が退屈で、
俺は途中で観るのをやめたのだった。
実際、多くのひとも同じように感じたのか、
視聴率も低下したようで
今回審査員とプロデューサーが変わっている。

審査員の変化は大きなポイントだ。
それ以上に俺が今回は面白くなるのではないかと思う理由は
エグゼクティヴ・プロデューサーである。
あのダンスアイドルで審査員もしている
ナイジェル・リスゴーにもどった。
(シーズン7までプロデューサーをしていた。)
俺はナイジェルのダンスアイドルでの
審査する姿勢が好きだ。
ときに時代錯誤的なことを言うこともある。
若さを憎んでいるのはないかと思うときもあった。
だが、芸術に対するシビアな姿勢を感じる。
芸術を擁護する姿勢ともいうか。
ダンスアイドルは毎シーズン、
肉体芸術がエンターテイメントであることを証明している。

前回のアメリカン・アイドルは身体的な技術や、
スター性よりも、好感度が重要になっていた気がする。
それゆえ何を表現したいのかポイントの定まらない挑戦者が、
決勝戦まで進んでいったのではないだろうか。
それともそういう時代だったのかもしれない。
誰もエッヂーなものを観たくないというか、
曖昧で、あたりさわりないものでいいというような。
今シーズンは再びブレイク・ルイスのときのように、
自分内芸術を突き詰めていく挑戦者が残る気がする。

時代を語るのはくだらないことかもしれない。
そんなものひとくくりに出来ないのかもしれない。
だが、自分の感じる直感を信じる時がきたと断言したい。
恥ずかしがらずにそれを言うべきときがきたと。
大衆が世間がどう思うかを基準にして生きる人間は、
取り残されていくだろう(自分への戒めで言っている。)
ある意味オタク的に、
自分の興味のあるものを自己の存在の中心軸として、
なおかつ世の中にオープンでいられることが、
これからのパフォーマンスであり、
エンターテイメントなのだ。

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2011年03月07日

GOOD DAY TODAY/DAVID LYNCH



「…」

フリーダイヤル?…どうぞ〜」


ひらめき あ、はいはい、あのデヴィッド・リンチなんですけれどもね」

「デヴィッド・リンチぽいですね!」


「基本的に2曲しか入ってないんだよ」

「うん」


「それのリミックスがいろいろ入っているんだけど。僕が心配しているのは、」

「え、ちょっと待って。デヴィッド・リンチが自分でリミックスしたってこと?」


「ちがう。他のいろんなひとが。デヴィッド・リンチが作った曲を」

「2曲しかないものをたくさんのひとがリミックスしたのがいくつも入っているってこと?」


「そう」

「……へ〜。…じゃあリミックス比べという感じ?」


「まあ、そうだね」

「ふーん」




天秤座天秤座天秤座天秤座天秤座


「ていうか、僕が心配しているのは、その〜、なんて言えばいいのかなあ! リンチファンである僕はやはり聴きたいわけじゃないですか!」

「聴けばいいじゃないですか」


「でも、つまり、その、2曲しかないもので満足できるのかな思って」

「そのリミックスするひとが誰かによるのじゃないの 」


「あー…。てか、それ、占いじゃないよね」

「占いじゃないね 猫


「僕が言いたいのはね、このアルバムの中に入っている、その、」

「ひとことで言うとこうですよ! 『リンチファンなら聴きなさい! 』と」


「…それ占い?」

「ええ 雪


「その世界観を楽しめるってこと?」

「だからこれがリンチのワールドなんだから聴かなきゃだめよ」


「…」

「細木ふう。フフ」




天秤座天秤座天秤座天秤座天秤座

「あの…、具体的にいうとどういう、」

「だからさ、リンチがこれでアルバムを作ったっててことは、これが俺の世界なんだって出してるわけですよ」


「はい」

「だからファンはそれをパクパク食べなきゃもったいないのねきっと」


「なるほどね」

「…あなたすごい最近ニキビ出来てるみたいだけど、食べ過ぎなんじゃないの 猫


「うん。いや、でもいま、パクパク食べろって 犬

「じゃあ、リンチも食べなさい!」





天秤座天秤座天秤座天秤座天秤座


「で、あのー、リンチの映画は、まあ知ってるじゃない」

「うん」


「で、僕、リンチの音楽って聴いたことないんだけど。ちゃんと」

「うん。聴いたことない」


「こういう形ではね、CDを買ってとか。それで、リンチの世界観ていうのは、このCDでも楽しめるものなんですかね?」

「はい」


「映画と変わらず?」

「はい」


「…なるほど」

「もうJKにでてるし」


「リンチが?」

「うん。この中にはいろいろつまってるから。それまとめてリンチなんですよ」


「普通のロック・アルバムみたいな感覚で聴いちゃだめだってこと?」

「1曲1曲べつべつにしてこの曲が好きとかじゃなくてもうぜんぶ聴かなきゃだめですよ」


「リンチのニュアンスを汲み取って?」

「ええ、ええ」





天秤座天秤座天秤座天秤座天秤座



「ひとことで言うとリンチのニュアンスってなんだろう? 人によって感じ方なんてもちろん違うとは思うけど」

「わかりやすく言えば当然ミステリアスっていう言葉が一番近いけど、そのミステリアスっていうのは普通のミステリアスっていうニュアンスとはちょっとちがうという感じ」


「うーん」

「もっとbeautyと直結してるようなかんじかな。ま、リンチからしてみたらミステリアスでもなんでもないことだと思う」


「ああ、リンチの中ではっきり見えている美というものが、はっきり見えないひとにとってみればミステリアスってことなんだよね!」

「うんそう」


「そうだよね、なるほどなるほど。」

天秤座天秤座天秤座天秤座天秤座

僕の中でのベストリンチは「ロストハイウェイ」だ。
「マルホランド・ドライブ」も「ブルー・ベルベット」も
「ワイルド・アット・ハート」も好きだけど、
「ロストハイウェイ」の顔がブルブルふるえたあと、
別人になる特殊効果がいい。
嫌なことや腹の立つことがあったとき、
僕の心の中はあの顔がぶるぶる状態になる。
それに作品の中に充満する
ハリウッドの冷たい、くたびれ空気感に、
妙な落ち着きを感じるのだ。

話しはかわるが、海外ドラマの
「霊能力捜査官アリソン・デュボア」は、
僕のフェイバリットである。
ルックスはかなりちがうけれど、
パトリシア・アークエットの「ロスト…」の役柄と、
“アリソン”とは通じるものがあると思う。
世界に対して達観した感じというか。
それでいて人情派というアンビバレンツなところが。
リンチにアリソン・デュボアを映画化してもらいたいな。

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2011年03月05日

ほんとうのひとりごと

やはり音JK占いをやったほうが
ひとりごと言ってるよりも濃密な感じがする。
濃密かどうかっていうのは謎だけど、
ま、このごろのひとりごとよりはマシな気がする。雪

「ひとりごと」は毎日書く事に重点を置き過ぎて
自己完結してしまっていた。
別に雑誌のライター気取りでやるわけじゃないけど、
せっかくネットでみんなと
つながることができるっていうのに
自己完結してるっていうのももんだいじゃない?

時代はみんなと繋がって
広がっていこうってところにいっているのに、
小さなところで勝手に完結してるなんて
神様にしかられるよね。モバQ

ていうか、自分の中でどっかで
そういう時代の流れを感じているんだと思う。

というわけで、
また占いをたくさんやっていこうと思います。ひらめき

だから、ぼくのひとりごとにウンザリしてたひとも
こりずにまた見にきてね!黒ハート犬




これからのぼくに期待をこめて押してみてぃ〜雪banner_02.gif

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2011年03月03日

体内BPM

iPhone これは使える!アプリ&ツールガイド iOS 4 & iPhone 4 (SOFTBANK MOOK)

Rがi phoneのアプリでドラムキットを手に入れた。
画面にはドラムが真上から見た状態が映っている。
タムタムとかスネア、バスドラ、シンバルとか。
Rが叩き始めると、
これがなかなかうまい。
グルーヴがあって、
俺は思わずラップをし始めた。

i phoneを借りてやらしてもらったけど、
これは結構むずかしい。
パッとしないエイトビートになってしまう。
ローファイともいえないような、
リズムになっていないのである。
Rのやっている姿を見ていると、
とても簡単そうなのだが…。

これは体内BPMの問題なのではないだろうか。
小室哲哉氏の「罪と音楽」の中にも書いてあった。
ひとそれぞれに体内BPMがあって、
それが正確に表現出来るひとがいると。
スピリチュアルカウンセラーの江原氏などは、
話しはじめて、とまって、また話し始めたとき、
一定のBPMを保っているらしい。
だから江原氏の話しぶりは気持ちいいらしいのだ。
トークに気持ちのいいグルーブがあるということである。

普段Rが音楽を聴いていてこれは良いね、
イマイチだねと言うのもリズムに対しての観点が多い。
俺がわからずにどういったところがいいのと
たずねて、教えてくれるがよくわからない。
それはそうだろう俺は普段体内BPMを意識していないから。
Rはなにかにつけてその部分が重要なのだろう。
リズム感のあるひとと、
そうでないひとの違いは、
普段、日常のなかでリズムを意識しているかどうかだ。
俺はメロディというものがを
日常のなかで意識していることが多い。
(と、言い訳してみる。メロディだってリズムだよな。)

テクノにしろダブステップにしろ、
リズムの新しさを問うジャンルでもあるわけだから、
そこを意識的に聴くひとと、
そうでないひとの間では理解の度合いがちがう気がする。
俺がいつもそれ系(エレクトロ系)の音楽に対して、
遠く感じているのはそのせいだろう。
これからリズムを意識的に聴くようにすれば、
もっと音楽の楽しみもひろがるかもしれないな。

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ラベル:i phone
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2011年03月02日

レディオヘッドってカッコいいな

Kid a Amnesiac

次回はひさしぶりに
Rに音JK占いをやってもらおうと思う。
何がいいかなと考える。
“レディオヘッド”というのが頭に浮かんだ。
新作が出たから。

じつはレディオヘッドにあまり興味がない。
嫌いではない。
バンドとしての存在はカッコイイと思う。
刺激的な音楽をやっていると思うが、
ツボにはいってこないのだ。
俺の音楽リスニングのツボに。

どんなアルバムでも、
自分の中のどこかしらのツボにはまる。
ベタなメロディ音楽というツボや、
冷たく孤高の音というツボや、
アバンギャルドの中のわかりやすいメロディというツボ、
ハードボイルドミュージックというツボだったり。
もしかすると、
レディオヘッドはそういったカテゴライズを避けてきた
バンドなのかもしれない。
本当に革新的なバンドゆえに
俺にはわからないのかも。

Rに新作を占いをしてもらうにあたり
「KID A」と「アムニージアック」を聴いている。
2枚をつづけて繰り返し聴いているが、
いいとも悪いとも思わない。
想像していたよりも聴きやすい音だった。
10年前のアルバムだから、
ちょっと古く感じる部分があるかもしれないと思っていた。
でもそれはまったくなかった。
10年のあいだにいろんな音が世に溢れて出たというのに。
それゆえ耳の器が大きくなったのかな。
俺が単に古いも新しいもわからないというのもある。
いや、レディオヘッドが
普遍的な音をつくっているのだ!
眠くなっている俺にはわからないにしても…。

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2011年03月01日

星条旗をまとった女神

Commander in Chief: Inagural Edition - Part 1 [DVD] [Import]

才能とは「意志の強さ」なのではないだろうか。
何かを表現する人間には、
どんな状況であれ、
表現することをあきらめない意志の強さが必要だ。
表現することを実行する意志の強さがいる。
もし、それがなければ、
歴史に名を残すことはない。
才能あるものとして。

音楽の歴史のなかで、
あらゆるミュージシャンが、
さまざまなジャンルにおいて才能を発揮してきた。
たしかに音楽に対するセンスがなかったならば、
いくら表現してもそれは才能とは呼ばれなかっただろう。
作品こそが重要といえばそうだが、
作品を生みだしてこそだ。

退屈なことに、すでにあるものを、
凡庸にくりかえすひともいる。
それはそれでいい。
そこで才能を議論する必要はない。
問題なのは、
光るものを持ちながら、
芸術に対して新鮮なカンを備えながら、
あらゆる言い訳のなかで表現をあきらめているひとだ。
そのひとは自分を殺している。
“あのひとは才能があるんだけどね”
という理屈はない。
それはファンタジーである。
自分の中に内在するアートをひきずりだす
意志の強さがあってこそ、
そのひとは才能があると言われるのだ。
それが現実だ。

以上のことは
「星条旗をまとった女神」を観て感じたことである。
(ここからはネタバレなのでこれから観るひとは注意!)
FOXのドラマで、
原題を「Commander in Chief」と言う。
最高司令官ということだ。
軍からなにまで最高権力をもつひとのことである。

クライマックスが重要だ。
主人公の女性があらゆる抵抗勢力のなか、
大統領になることを選択して、
はじめての演説シーンである。
マスコミ、国民、閣僚達の前で、
用意されていた演説台本を
ある事情で読むことが出来なくなる。
しばらくの静寂のあと
主人公はみずからの国家に対する理念を語りだす。
自分独自の表現をつらぬきながら、
客観的な見解をはさみ、
強い言葉を選択しながら演説をつづける。
そして観客の心をつかむのだ!
これはヒップホップでいうところの
フリースタイルだろう。

この女性は大統領の才能があることを証明する。
フリースタイルの部分だけではない、
(もちろんその演説もふくめてだが)
大統領にならない選択をする流れにのらず、
自分の意志を通した部分においてである。
それもただ“権力”というものに固執したのではなく、
自分の信念を表現するために。

才能はときに枯れることもあるから、
これから主人公も挫折しそうになるかもしれない。
重要なのは自分の才能を世に対して示したこと。
才能あるもとして第一歩を踏み出したことだ。
主人公の場合、
アメリカ大統領の歴史に残る
あまりに大きな一歩ではあるが。

小さい1歩でもいい、
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドについて
よく言われることを思いだす。
デビュー当時はビルボードTOP100 に
1曲もチャートインすることはなかった。
デビューアルバムの売れた枚数もたかが知れている。
だがその音楽にふれた人間全員がバンドを始めた。
“才能”は自分だけのものではないのである。


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2011年02月28日

アメリカン・アイドルが始まった。

アメリカン・アイドルがまた始まった。
スカパーが家に来てから、
この番組が季節のかわりめを教えてくれる。
これから夏になるのかと思わされるのだ。
(実際は春で夏の頃には終わっているのだけど、
 俺は春という季節を意識したくない。)

で、夏のはじまりであるアメリカン・アイドルだが、
まだハリウッド予選が終わったばかり。
このひとは気になるなというのはひとりだけだ。
ウッドベースをひきながら、
独自のヴァージョンで
ジョージア・オン・マイ・マインドを歌った男性。
それ以外はパッとしなかった。
だが、本選に入らないと秘められた才能は光らない。
それがこの番組の面白さである。
むしろ今の段階でいいなと思わせるひとは、
それ以上の“新鮮さ”がないまま途中退場していく。

衝撃をうけるほどの才能はでてこない。
アイドルという資質を問う番組なので、
それはあたりまえといえばあたりまえである。
“才能の衝撃”も大多数が理解できる範囲以内でないと、
応援してもらえないし決勝戦まで残れない。
ブレイク・ルイスはこの番組においては斬新だった。


しかしこの番組からデビューしたひとたちは、
あくまで音楽業界内での斬新さしか表現できない。
はっきりいえば、ありがちな目新しさをやる(やらされる?)


念のため言っておくとブレイク・ルイスは良いほうだ。
他のこの番組の出身者など退屈きわまりない。

こんな辛口なことばっかり書いているのに、
なぜ俺は毎回アメリカン・アイドルを楽しみにしているのか?

それは優勝結果がでるまでに何度か、
本当にキラリと光る瞬間が観れるときがあるからだ。
それはそのひとの一瞬のきらめきで、
二度と観れないことが多い。
(YouTubeで探してもでて来ない。)
きっと誰もがもっている才能のカケラが、
コロンと世の中にでてくるのだ。
そして誰もがそのカケラを見失い、
ステージのうえから降りていく。

音楽をリスニングするにはキツイ番組ではあるが、
(この番組は大衆によってひとりの人間が
 アイドルに変えられるのを観る番組であり、
 音楽の番組ではない。)
音楽を通して挑戦者が自我を解放する瞬間が見れる。
無自覚(の場合がほとんど)だが、
芸術の本質をつかんだ人間は光る。
それはあまりに美しく残酷な瞬間だ。
音楽からの愛をうけとったのに、
その愛はあくまで個人のものである。
みんなにとっては必要のない愛だから。

“音楽”に一瞬でも、
ステージ上で強烈に愛された人々は
今現在何を思い生活しているのだろう。

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2011年02月27日

「ブラック・マシン・ミュージック」

ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ
ブラック・マシン・ミュージック―ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ
エレキングづいている俺は、
野田努氏の本を読んでいる。
月並みな言いかただが、
これは読み出したらとまらない。

まだ途中なのだが、
(テクノ、ハウス、ヒップホップを含む)
現在、自分が楽しんでいるクラブミュージックが、
どういった歴史をもって
存在しているのかが描かれている。
ドラマチックに。

世界の経済状況、政治、人種問題などが、
ひとりの人間に音楽を生みださせる流れは、
ひとことで説明出来るものではない。
だからこの本があると言える。
あるジャンルの音が誕生する瞬間の、
偶然とも必然ともいえない感じが見事に描写されている。
デトロイトテクノ誕生前夜、
黒人の暴動が起きるシーンなど、
不謹慎かもしれないが興奮をおさえられない。

この本を読んでいて感じたことがある。
自分がもし何か(音楽でも小説でも、
映画、演劇、なんでもいいけど)始めようとするとき、
それは世界の歴史とつながっているということだ。
行動を起こす人間は世界と無関係ではいられない。
言い方がむずかしい。
単純に周囲から影響をうけ影響を与えるということではなく、
歴史に手を加えてしまうということだ。
それほど緻密なパーツでこの世はなりたっている。
シカゴのプレス工場のラリーシャーマンは、
儲けようとしただけかもしれない。
ラリーはミュージシャンでもないから、
音楽をつくったわけでもない。
だけど彼がハウスをひろめたともいえる。
俺がハウスを今楽しんでいるのは、
ラリーのおかげなのだ。
これは本を読んでくれないとわかってもらえないかも。

手塚治虫の火の鳥である。
火の鳥(1) (手塚治虫漫画全集 (201))
音楽は火の鳥のように、
みんなの頭上ではばたいているのだ。

話しは少し変わるが、
芸術は歴史の流れのなかに
くさびをうってこそ価値がでる。
これは抽象的な意味だけでなく、
金銭的なことでも。
この本にそのようなことが書かれていて、
Rと(Rに貸したのだ)、
なるほどねえと話したことがある。
サザビーズ  「豊かさ」を「幸せ」に変えるアートな仕事術
サザビーズ 「豊かさ」を「幸せ」に変えるアートな仕事術
「ブラック・マシン・ミュージック」は
音楽の歴史のなかのくさびをとりあげた本だ。
だが、そのくさびは誰がいったい打ったのか?
1本なのか、
いや、大きいのが1本に小さいのが5、6本?
そんな感じだ。
どんな感じだ! と思ったひとには、
ぜひおすすめですよ。

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2011年02月26日

エレクトロは発売当時に。

6枚買ったうちの4枚目だ。
これが一番欲しかった。
THE SHELL
THE SHELL
ディスクユニオンでは売り切れだった。
タワーレコードで見つける。

YouTubeで観て聴いていた印象と、
アルバムで改めて聴いた印象が
あまり違わないのが意外だった。
JAMES BLAKEはネットではイマイチで、
アルバムで聴いて、
はじめてその音の深みにはまった。
このアルバムはネットでもいいし、
アルバムで聴いてもいい感じだ。

良い意味の軽さがあり、
フットワークのいい音が気持ちいい。
ヌケの良さが音楽の自由度をあげている。
QNはそのうちギターロックアルバムも、
作ったりしそうな気がするが、
それはないか。
similabのアルバムも楽しみだ。

5枚目はこれ。
花と雨
花と雨
家でのリピート率は今のところ、
これが一番高い。
Rもいいねと言った。
ほんと良くて、
バックトラックだけでもじっとしていられない。
そのうえSEEDAのラップも、
なんというか、何度聴いても味わいがある。
この何度も楽しめる感じは俺にとって、
ガスヴァンサントの映画のようだ。
内容が似ているとかそういうことではなくて、
あくまで俺にとって楽しめる感覚が近いのだ。
マイ・プライベート・アイダホ [DVD] ドラッグストア・カウボーイ [DVD]

SEEDAのアルバムは、
テクニカルでグルーヴがあって、
しみったれた意味ではなく、
スピリチュアルだ。

で、最後の1枚目はこれです。
ブラック・ゴースツ
Rが発売当時俺に薦めていた。
何年前かは忘れたけど…。

俺はまだ聴いていない。
Rが先に聴いて、こう言った。
「ガリバー、エレクトロは発売されたそのときに
 聴かないとだめだよ。これは悪いアルバムじゃないけど、
 でたときに聴かないと意味がないよ」

つまりエレクトロはどのアーティストも、
時代の進化とともにつみ重ねてきたものを、
披露している側面を楽しむものでもあるから、
アーティストが作品を発表したときに聴いてこそ、
その良さ、すごさがわかる。
俺が、はあーそうですかと呆然としていると、
「でもガリバーは今聴くのがちょうどいいかもよ」
などと言われ、ムカッときた。
なぜムカッときたのだろう。

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2011年02月25日

ディスコ・ニュー・ジェネレーション

James Blake
James Blake
6枚買ったうちの1枚目。
音の奥行が素晴らしく気持ちよくて、
試聴のあと迷わず購入した。
メロディもいいし。
RはこれはJAZZアルバムだと言っていたが、
俺もそう思う。

Fabric55 - Shackleton: Mixed By Shackleton
Fabric55 - Shackleton: Mixed By Shackleton
プリミティヴなリズムが鳴りつづけ、
かと言って退屈な説教臭い音ではなく、
やたら展開が変わるので飽きない。
せっかちなアーティストだと思う。
Rのイチ押し!
(買うのは俺なんだけど。)

話しはかわるが、
先日、これまで録りつづけていた
俺の作った曲をRに聴かせた。
これはディスコだと指摘をうける。
言われてみるとそうだ。
そういうつもりで作っていなかったけど、
メロディの感じもリズムも、
ブレイクのはいり方もディスコで、
自分の性(サガ)を知った気がしたのだ。

タワーレコードで
Rが、Discoコーナーがあると教えてくれた。
のぞきにいくとディスコも現代的な
新しい音が色々ある。
あたりまえなんだけど、
俺のDiscoのイメージは70年代でとまっていたので、
静かにおどろく。(なぜかRに気づかれないように。)
曲作りの参考に1枚購入することにした。

WOLFRAM + 1
WOLFRAM + 1
俺はこのボーカルの入り方にグッときた。
飽きそうだなとは思ったが、
創作意欲を刺激されるのでこれにした。

アメリカンダンスアイドルでも、
観ていて燃えるのはやはりディスコだし。


ChaChaもDiscoに通じる良さがある。
俺はクサイくらいにダイレクトな表現が好きだ。
細かい技術の正確な構築がないとダイレクトにはならない。
ディティールのキメがあってこそエモーショナル!


Rはもっとリズムメインな感じのアルバムを
すすめてくれていたな。これだ。
Bedroom Tricks
ディスコは注目していなかったけど、
掘ると楽しそうだなと思う。
(金があれば。)

以上はすべて新宿のタワーレコードで購入した。
エレキングコーナーが設置してあり、
なんのアルバムかは忘れたが特典で
ele-kingバッヂをもらう。
嬉しかった。

あと3枚買ったのだが、また後日。

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2011年02月24日

新宿にて

新宿にてCDを6枚購入した。
どれもめちゃくちゃ楽しみだ。
俺は燃えている。音楽熱で‼
なにを買ったかはまた後ほど。(((o(*゚▽゚*)o)))
新宿にて

RのiPhoneにて送信。

ただいま電車乗ってます。
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2011年02月23日

自分にとっての名曲はなに?



MTVでハードロックTOP100をやっていた。
キンクス、クリーム、イギーポップまで流れて、
“ハードロック”とワンジャンルに特定したネーミングだが、
これではすべてのロックTOP100だなと思う。
すべてのロックはハードロックということか。

もちろん80年代のヘビーメタル系は盛りだくさんで、
知らない曲がほとんだった。
そんななかクワイエット・ライオットの
“カモン・フィール・ザ・ノイズ”が鳴り響く。
俺は料理を作っていたのだが、
思わず手をとめてバンドの演奏に見入った。
「自分にとっての名曲とは?」
そう問いかけると、その時により違うのだが、
何曲かのうちの1曲として必ずこの曲は入る。
いつ聴いても胸の奥から
ザワザワした高揚感がたちあがってくるのだ。

スレイドの原曲も、オアシスのカバーも、
俺にとってはピンとこない。
これはやはりクワイエット・ライオットじゃないと。
やぶからぼうな感じというか、
タイヤもエンジンも壊れても転がり進んでいく感じで、
ごちゃごちゃ考えないで突っ走っていこうぜ!
そういう気分にさせてくれる。
それでいてアイロニーも感じさせるところが憎い。
わかっているけどむちゃくちゃやりたい。
それで俺は幸せかどうかもわからないけど。
これがロックなんじゃないかなあと思う。

番組では色んなミュージシャンが
流れている曲について語るのだが、
この曲のときに、あるミュージシャンが言った。
「このナンバーで“ヘビーメタルもいいな”ってひとが増えた。
 メタルバンドの道を切り開いた」
ヘビーメタルでもあり、
ポップソングでもあった、
何者でもないこの曲は、
何者でもない俺の心をわしづかみにしたのだ。

バンド自身はこの曲を録音するのが嫌だったらしい。
するとプロデューサーに指示を受けた。
「めちゃくちゃに演奏しろ」
結果、原曲ともちがうオアシスにも再現不可能な、
この疾走感あるナンバーが生まれたのだ。

めちゃくちゃに演奏しても、
本当に下手なバンドであれば疾走しなかっただろう。
これは技術と訓練のうえにある壊れっぷりだ。
それがまた感動的だ。
ポップを目指してポップをやるのと、
そんなもの目もくれていないのに
ポップになってしまったのとは説得力がちがう。
今となっては、
バンドもこの曲で観客とつながるのを楽しんでいる。
つまり自我のないナンバーなのだ。
作為的じゃないところに感動は生まれる。

この番組で知ったのだが、
ボーカルのケヴィン・ダブロウは
2007年11月にコカインの過剰摂取で亡くなっていた。
バンドの演奏も曲もいいけど、
やはりこのボーカルあってこその名曲だなと思う。


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2011年02月22日

ECD「MASTER」を聴く

ECD/MASTER (CCCD)

ECD/MASTER (CCCD)

ECDがどういった存在なのか、
何も知らずにアルバムを聴いた。
「なんかすごい」
この凄みはなんだろうかと考える。
古いのか新しいのか、
叙情的なのか乾いているのか、
構築されているのかジャム的なのか、
ただひとつ感じたのは、
シリアスな音だなということ。

他のラップを聴いていて、
ちょっと種類のちがうシリアスさがある。
音が暗いとかライムが重いとか
そういうわけではない。
むしろ最近聴き始めた数少ないJラップの中では、
一番アヴァンギャルドなものを感じた。

で、なんだろうと考えても、
答えがでないままリピート再生をする。

“SUMMER MADNESS”を聴き、
少し目頭を熱くしながら、
なぜ俺は90年代にヒップホップを
スルーしていたのかと悔やむ。
その時代に俺はペイヴメントなどの
ローファイロックに夢中だった。
現在になってヒップホップの方が
刺激的だなんて思っても遅い。
だけど今だからそう思えるんだよなと、
Rに何度か言った。
Rもそうだよと答えた。

後半の“君は薔薇より美しい”に困惑し、
“S.S.S 対セントラル・セッション”の
『南の島 宇宙 スラム街』を聴きながら、
半トリップしている自分に気づいた。
ドラッギーなトリップではない。
どちらかといえば
現実的な問題をなしに過ごす
日常の方が俗にいうトリップ(バッド・トリップ)だ。
この曲でのトリップ感は覚醒に近い。
南の島と宇宙と郊外にいる自分を
はっきりと認識するというような。
そういうライムではないんだろうけど。

調べるとECDは日本のヒップホップの
黎明期か現在まで途切れる事のない活動を
つづけるラッパーだった。
俺が感じた凄みはこれなのか。
調子のいいクリエイティブな音ではなく、
作らなけれ生きていけない音。
単純な意見のだが(しみじみ思ったのだ)、
ヒップホップって生きざまが出るんだなと思った。

日本のヒップホップって80年後半から始まったとして、
まだ30年くらいなのに、メチャクチャ深いな。
先の見えない洞窟のようだ。

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2011年02月21日

小室哲哉「罪と音楽」を読んだ。

TK BEST SELECTION IN EPIC DAYS(DVD付) 罪と音楽

小室哲哉「罪と音楽」を読み終えた。
なにげなく読み始めたら、
やめれなくて一気に読んだ。
いろんなミュージシャンの自伝や、
バイオグラフィを読んだが、
「罪と音楽」はこれまでにないものだった。

自分が起こした事件のこと、
つくり出す音楽のこと、
正直に丁寧に語られているのだろう。
だが、つかみどころがないのだ。
俺にとって現実味がないというのか。
悪い意味で言っているのではない。
小室哲哉は間違いなく存在している。
本を読むかぎり純粋でシンプルな存在だ。
それは空気のようで、
見上げる空のよう。

Rは「ここが印象的だった」、
「ここの表現は小室氏独特のものだ」などと、
俺に語ってくるが覚えていない。
俺は小室哲哉の音楽が、
あまりに自分と関係がなかったゆえに、
理解をシャットアウトしているのか。
でも、本は面白かったし、
Rも小室哲哉の音楽を聴いていたわけではない。

Rが推測するに小室氏はひとりっこではないかと。
ひとりっこ的な感性で描かれている部分が、
いくつかあるようだ。
だから俺には理解できないのかも。
ちなみにRはひとりっこである。
やはり俺にはわからない感性を持っており、
なぜそんなことを言うのか、
そんな感想を持つのかというときがある。
説明をうけて「ああ、なるほど」となるのだ。

俺に言わせると品があるというのか。
ひとりっこ全員に品があるとは言わないが、
Rも小室哲哉にも似たような浮世離れ感がある。
いくらダーティーなことをしても汚れない感じだ。

自分のことで言えば、
俺には姉妹がおり、父も母もみな下品だ。
べつに下ネタを連発するような家族ではない。
むしろいやらしいことを日々考えているのに、
黙っているという下品さ。
保守的で犯罪などは起こさないが、
心は汚れているとも言える。

Rや小室哲哉に対して、
興味を持つのは
自分と真逆の人間で新鮮だから。
あとは憧れなのか。
自分の好きなことをやっているひととして。
自分の好きなことしかやらないがゆえに、
大変な目にあっているひととも言える。
でも、そこがシンプルで純粋に見えるのだろう。
俺とちがって。

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2011年02月20日

SEEDAと小室哲哉

罪と音楽



小室哲哉「罪と音楽」を読んだあと、
SEEDAのラップを聴く。
この組み合わせになってしまったのは、
偶然でしかない。
だが考えさせられる。
両者の間には遠く隔てているものと、
同じものがあると思った。

遠いものは存在のありかた。
存在を色で示すと、
小室哲哉はパステルカラーだ。
大衆という額の中に描かれる水彩画である。
SEEDAは原色だ。
大衆にぶちまかれる現代アートである。
どちらが良い悪いという話しではない。

音楽という絵筆を使うのは同じだ。
SEEDAの方が個人的な表現をするぶん、
現代的な音を鳴らしていると思う。
小室哲哉の、
自分の魂をのぞきこんで、
そこに大衆が見えるという構造も、
ある時代には現代的だった。

世代のちがいもあるだろうし、
景気や社会背景のちがいもある。
だけどふたりは音楽という同じ公園にいた。
小室哲哉はシーソーやブランコがなかったから、
それらを用意して、緑を植えて、
みんなで遊ぼうと言った。
SEEDAはそんなものなくても、
いきなりこちらの手を握りしめ、
ゲームをスタートさせる。
なんのゲームかわからないままに。

ふたりをつなげて考えるのは無理があったかも。
だけど、目の前に小室哲哉の本があり、
SEEDAの音楽があった。
ふたりの存在が俺の頭のなかで並んだときに、
何かグワッとたちあがるものがあった。
それはなんだと考えると、
音楽にたずさわる人間の、
音楽への愛ってやつだと思う。
誰もが持っているはずなのだが、
それを掲げるのには勇気がいる。
形はちがうが、
勇気という部分でも共通するものを感じた。

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2011年02月19日

ハスラーラップについて



ゼロ年代の音楽---壊れた十年

「ゼロ年代の音楽 壊れた十年」を読んでいたら、
磯辺涼氏がこれから日本語ラップを聴くならば、
ハスラーラップを聴くといいと書いてあるのを見つけた。
J HIPHOPの迷路のまえで、
まさに俺が探していたアドバイスだ。
磯部氏どうもありがとうございます!

さっそくSEEDAをネットでチェックしたら、
久しぶりにズドンと来た。
心にガツンと来たのだ。
これはCDを買ってじっくり聴きたい。
何がそんなに心を動かされたのか?
まだ数曲しか聴いていないので細かく言えない。
いろいろ日本語ラップを試聴していて、
求めているものがないと思ったものがあった。
そのことはまたアルバムを聴きこんで書きたい。

俺はいたって平和な日常を過ごしてきた。
むしろハスラーはRである。
Rは路上で金を稼ぎ、
色んなひと(細かく書かないがまさに色んなひと)との
コミュニケーションの中で自分を形成してきた。
路上を離れた今でも警察を見るとビクッとしているし。
念のために言っておくとドラッグとは関係ない。
(だがRは自分の中での正当な目的の為ならば、
 どんな商売もプロフェッショナルにやり遂げるだろう。)
つまりRが聴くべき音楽なような気もするが、
意外と本人はミニマル・テクノ的なものが好きだ。

Rの短歌集「OVER DRIVE」も、
ハスラーラップと通じるところがあるような気が。
OVER DRIVE (詩歌句双書)

話しはもどるが、
とてもエッヂーとは呼べない生活を送る俺が、
なにゆえこの音楽に惹かれるのか。
次はそれを書こうと思う。
(これ自分に言っている。)

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2011年02月18日

ピエール瀧について

電気グルーヴのメロン牧場―花嫁は死神

Rのi phone熱はとどまるとこを知らず、
1日中小さな板をながめつづけている。
さまざまな音楽アプリを見つけてきては
試しているようだ。

DJをしてみせてくれたが、
これがなかなかおもしろかった。
ブレイクビーツ、
ダブ・ステップなど、
リズムを変えながら、
(ワンフレーズの)ヴォーカルをはさみつつ、
効果音も鳴らす。
聴きごたえがあった。
1時間くらいのDJであればいけるだろう。

「R、それで(i phoneで)DJしろよ」
Rにすすめて、では俺は何をしようかなと思った。
歌が特別うまいわけではないし、
ダンスだって出来るわけじゃないし、
時々ライムをのせるくらい。
そう考えると、ピエール瀧ってすごいよなと思う。
ピエール瀧という存在だけで、
2時間、3時間のステージをもたせるのである。
そこまでの人間ってなかなかいない。
“自分が自分である”という説得力、
それをエンターテイメントとして成立させる。
どんなアーティストでもなかなか
実現が難しいパフォーマンスを、
飄々とやってのけるのである。

ピエール瀧は自分の行っている活動で
どんな評価や見返りを求めているのだろう。
もちろんギャラだろうが、
パフォーマーとしての理解のされ方や、
“遊んでいるひと”としてのリスペクトや、
つまり自分のやっていることに対しての、
周りからの評価を気にしたりしているのだろうか。
そんなこと気にしていないのだろうな。
周りがどう思うかなどの
レベルを越えたところにいかないと、
あのピエール瀧のステージングは無理だろう。
自分に対しての圧倒的な肯定だ。
それは世界すべてに対しての肯定でもある。
だからみんな瀧を観ているだけで盛りあがるのだ。
嬉しくなって。

ピエール瀧の存在は
究極のポジティヴィティであり、
これからの時代を生きる人間に
もっとも必要とされる精神の在り方を体現している。

自由というのはカテゴライズを拒む。
何者かになろうとしている限り、
不自由なのである。
言葉でいうのは簡単だけど、
ピエール瀧の領域にまでいくのには、
それ相応の肝っ玉のすわり方が必要である。
まず、こんなウナウナと、
ブログで語っている俺はダメだ。
でも、それも否定してはいけない。
それが俺だから。

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2011年02月17日

Rがi phoneを買った。

Moment
(atomic tomというバンドで電車内で
 I phoneで演奏している映像が面白い)

Rがi phoneを買った。
で、ひたすら何をしているかというと、
音楽のアプリを鳴らしつづけている。
その姿はDJというよりも、
ゲームに夢中の小学生のようだ。

俺もいじらせてもらったが、
これはたしかにはまる。
もう携帯電話というよりも、
楽器である。
コンピュターである。
今さら何言ってんだと思うかもしれないが、
俺は(驚かれ、あきれられるが)携帯を持っていない。
今までも、
これからも必要ないと思っていたが、
Rのi phoneを観て欲しくなった。

Rがテクノ系のアプリを読みこんで、
演奏しているのに俺のライムをのせたりして、
この携帯電話1台でライヴ環境が生まれる。
すごい進化だ。
お前いつの時代の人間だと思われるかもしれない。
だけど、音のクリア具合や、
ディレイやその他のエフェクトのかかりよう、
なにより簡単な操作性を試すと、
音楽は万人のもので、
問われるのは直感的な創作性だ! 
と、思い興奮しているのだった。

Rがi phoneに話しかけて、
それが文字化しているのにも驚愕した。
これで頭の中の歌詞やライムを即文字化し、
保存しておくことも可能だろう。
Rはそれでメールを送ろうとして、
すべて消去してしまったが。
(手で打ち直していた。)

こうなってくると、
音楽はコンピュターにしろ、
楽器にしろ、訓練された技術よりも、
そのセンス、フレッシュさを問われる。

もちろん訓練された技術の素晴らしさも、
俺は大好きだ。
例えばリトル・バーリーのシンプルであり、
深みのあるロックは人間くささがある。
ジャズとかラテンとか、
クラッシックにしても、
コンピュターでは再現不可能な領域があると思う。
でも今の俺にとって、
i phoneで演奏しているRの姿は、
とても風通しのよいものだ。
未来への窓があいている。
(「腱鞘炎が痛い!」
とか言いいだしそうな勢いでもあり心配だが。)

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ラベル:i phone
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2011年02月16日

人生の放課後

Kind of Blue スタンディング・イン・ザ・ウェイ・オブ・コントロール

スカパーの大人のミュジックエアで
マイルス・デイヴィスの
モントリオールコンサートをやっていた。
MTVにチャンネルを回すと、
ゴシップのライブである。
両方とも同じテンションの高さで、
ミュージシャンも観客も気持ち良さそうだった。

ライブやクラブの気持ち良さというのは、
アドレナリンが脳を覚醒させるからかな。
(意味不明なことを言ってる?)
だからその時に気づいたことって、
人生の本質をついているのかもしれない。
無我の境地で気づくことっていうか。

俺はジョシュ・ウィンクか、
リッチー・ホウティンのどちらかで、
踊りつづけているとき、
軽い瞑想状態に入ったことがある。
その瞬間、思った。
『もう学校に行くのはやめよう』
学校なんてとっくに行ってないのに。

あれはなんだったんだろう。
仕事のことか。
それとも受動的な生き方をやめて、
能動的にならなくてはだめだということか。
学校…。
深く考えなかったことだが、
こうして覚えているということは、
自分の中で気になっていたのだ。

たしかに俺はずっと
学校に行っている気分かもしれない。
音楽を聴いていても、
Rみいたにシンプルに感覚的に聴くのではなく、
なにかをつねに考えている。
音楽の歴史とか、
聴いているミュージシャンの生きざまとか、
音の構造など。
学ぶ姿勢は大切だけど、
なぜ学んでいるのか?
最終的には自分から発するところに
行き着かなければ意味がないのかもしれない。

俺はバンドをやっていたけれど、
観客を興奮させたことなんて一度もなかった。
映画も作ったことがあるけど、
観客全員あまりの退屈さに激怒した。
俺の人生の課題って、
エンターテイメントなんじゃないか?

アークティック・モンキーズの1枚目とか、
similabのHIPHOPとか、
十代でふっきれの良い作品を作ったひとたちのことを
最近よく考える。
若くしてプロフェッショナル。
エッヂのある作品こそがエンターテイメントだと思う。

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