「このアルバムの魅力みたいなものをRに説明されてもきっとピンとこないんだけど、なにか惹かれるものはあるんだよね」
「かっこいいJKだもんね」
「うん。あとジャイルズ・ピーターソンが一押ししてたりとかさ」
「うん」
「なにかと聴きたい要素がいろいろあるじゃない」
「このJKってすごいフレンドリーに見えるっていうかさ、映画みたいだしムード作ってくれているし、聴けそうだよね誰でも」
「そうなんだよ! でも実際、聴くとね…このロック体質の、受け皿のせまい俺が聴くとさ」
「なんじゃこりゃ?! みたいなんでしょ」
「そうそう!」
「外国人の考えていることを本質的には理解できないのと似ているよ」
「なんかえらい大きなくくりで言うなー」
「でも、それと似ているような気がする」
「あ、そう」
「あのさ、すごい日本人にそっくりな顔つきしてる人がいるんだけどさ、実は日系のハワイ人で日本語なんか話せなくて、頭の中はすごいハワイアンだっていうような感じでさ。理解できるはずのものに見えたのに実はそれはぜんぜん違ったていうような感じと似てない?」
「ああー。そうそう。感覚的にね。うまいこと言うね」
「この音楽をmy spaceとかで見て調べているうちにさ、なんかつらくなっちゃって思わずフー・ファイターズのビデオ見ちゃったんだ」
「ふうん」
「そこで思ったんだけど、JAZZって、ロックほどアーティストが全面に出されてないじゃない。でも、音楽自体には、アーティスト性がすごくにじみでるわけじゃない。それが不思議でさ」
「うんうん。ほんの一小節歌っただけでもさそのリズムのとり方とさ、そのメロディの一拍の長さとかにしてもその微妙なことがJAZZを作りあげていくからなんじゃないの。よく知らないけどさ、JAZZのことは」
「ああー」
「だから同じ曲でもべつのひとが歌うとぜんぜん違うくなるじゃない」
「なるほどな」
「ロックもそうだけど、JAZZはもっと変わるじゃん」
「うん」
「そういう点においてJAZZはおもしろそうだなと最近思うんだけどさ」
「うん」
「で、その中でもこのひとのやっているJAZZはすごくむずかしいと思うんだよね」
「あ、そう。どういったふうに?」
「だからロックから流れて聴けるようなJAZZじゃないんだよ」
「JAZZを聴いて聴いて聴いて聴き倒してるひとが聴いて、はじめて面白いと思えるJAZZなんだ? だからジャイルズ・ピーターソンみたいな聴きまくっているひとが、これだ! と思ったのかな」
「そうだよ! そうだよ、そうだよ、だからだよ」
「なるほどな〜」
「だからすごくとりとめがないように聴こえるんだと思う」
「ふーん」
「ロック耳を持った我々が聴くと」
「Rなんか俺よりもそうじゃないだろう」
「ええ!?」
「…。わかったよ、そういう受け皿をいっぱい持った気持ちになって積極的な意識をもって聴けばいいんだな」
「楽しめると思うよ。うん。受身で聴くとだめだね」
「だからさ、ちゃんと相手が外国人だって認識して接しないとだめだってことだよね。つまり、自分が本質的に知らない背景を持っている人(音楽)と接するって意味だけどさ、」
「そうそう。で、ああ、こういうふうな話し方をするんですねぇ。ああ、こういうふうに出る時はでるんですか〜。あああ〜、おもしろいなーって理解しようとしたらおもしろいんだと思う」
「日本人村の中で、なあなあ、わかるだろうみたいな調子でやっていると」
「俺っちにちょっと聴かせてみろよっていうような態度じゃ聴けないってことじゃないの」
「せっかく世界が広がるところも、その傲慢な態度でちぢめてしまうってことなんだな」
「ねえ、ジャイルズ・ピーターソンっていうひとはDJでしょ?」
「うん」
「だからDJとしてさ、耳を持ったひとが聴いたら、すごく楽しいんじゃないのかな」
「なるほどね」
「だってさ、このひとの音のすべてをさ、ああ、新しいなって思うんじゃないのかな」
こうみえてもぼくはブルーノートレーベルを集めていた時期がある。
JAZZ 名盤100選みたいな本を片手に集めた、、っけな。
だが、印象に残っているアルバムを何枚かあげろと言われても
ひとつも思いつかない。
JAZZが好きになりたいのに
上手い関係性を結ぶことができないでいる。
おれがアンチフェミニストの狭量な人間だからなのか!
いつもありがとうございます
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