2011年03月01日

星条旗をまとった女神

Commander in Chief: Inagural Edition - Part 1 [DVD] [Import]

才能とは「意志の強さ」なのではないだろうか。
何かを表現する人間には、
どんな状況であれ、
表現することをあきらめない意志の強さが必要だ。
表現することを実行する意志の強さがいる。
もし、それがなければ、
歴史に名を残すことはない。
才能あるものとして。

音楽の歴史のなかで、
あらゆるミュージシャンが、
さまざまなジャンルにおいて才能を発揮してきた。
たしかに音楽に対するセンスがなかったならば、
いくら表現してもそれは才能とは呼ばれなかっただろう。
作品こそが重要といえばそうだが、
作品を生みだしてこそだ。

退屈なことに、すでにあるものを、
凡庸にくりかえすひともいる。
それはそれでいい。
そこで才能を議論する必要はない。
問題なのは、
光るものを持ちながら、
芸術に対して新鮮なカンを備えながら、
あらゆる言い訳のなかで表現をあきらめているひとだ。
そのひとは自分を殺している。
“あのひとは才能があるんだけどね”
という理屈はない。
それはファンタジーである。
自分の中に内在するアートをひきずりだす
意志の強さがあってこそ、
そのひとは才能があると言われるのだ。
それが現実だ。

以上のことは
「星条旗をまとった女神」を観て感じたことである。
(ここからはネタバレなのでこれから観るひとは注意!)
FOXのドラマで、
原題を「Commander in Chief」と言う。
最高司令官ということだ。
軍からなにまで最高権力をもつひとのことである。

クライマックスが重要だ。
主人公の女性があらゆる抵抗勢力のなか、
大統領になることを選択して、
はじめての演説シーンである。
マスコミ、国民、閣僚達の前で、
用意されていた演説台本を
ある事情で読むことが出来なくなる。
しばらくの静寂のあと
主人公はみずからの国家に対する理念を語りだす。
自分独自の表現をつらぬきながら、
客観的な見解をはさみ、
強い言葉を選択しながら演説をつづける。
そして観客の心をつかむのだ!
これはヒップホップでいうところの
フリースタイルだろう。

この女性は大統領の才能があることを証明する。
フリースタイルの部分だけではない、
(もちろんその演説もふくめてだが)
大統領にならない選択をする流れにのらず、
自分の意志を通した部分においてである。
それもただ“権力”というものに固執したのではなく、
自分の信念を表現するために。

才能はときに枯れることもあるから、
これから主人公も挫折しそうになるかもしれない。
重要なのは自分の才能を世に対して示したこと。
才能あるもとして第一歩を踏み出したことだ。
主人公の場合、
アメリカ大統領の歴史に残る
あまりに大きな一歩ではあるが。

小さい1歩でもいい、
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドについて
よく言われることを思いだす。
デビュー当時はビルボードTOP100 に
1曲もチャートインすることはなかった。
デビューアルバムの売れた枚数もたかが知れている。
だがその音楽にふれた人間全員がバンドを始めた。
“才能”は自分だけのものではないのである。


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posted by ガリバー at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ガリバーのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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