2011年02月18日

ピエール瀧について

電気グルーヴのメロン牧場―花嫁は死神

Rのi phone熱はとどまるとこを知らず、
1日中小さな板をながめつづけている。
さまざまな音楽アプリを見つけてきては
試しているようだ。

DJをしてみせてくれたが、
これがなかなかおもしろかった。
ブレイクビーツ、
ダブ・ステップなど、
リズムを変えながら、
(ワンフレーズの)ヴォーカルをはさみつつ、
効果音も鳴らす。
聴きごたえがあった。
1時間くらいのDJであればいけるだろう。

「R、それで(i phoneで)DJしろよ」
Rにすすめて、では俺は何をしようかなと思った。
歌が特別うまいわけではないし、
ダンスだって出来るわけじゃないし、
時々ライムをのせるくらい。
そう考えると、ピエール瀧ってすごいよなと思う。
ピエール瀧という存在だけで、
2時間、3時間のステージをもたせるのである。
そこまでの人間ってなかなかいない。
“自分が自分である”という説得力、
それをエンターテイメントとして成立させる。
どんなアーティストでもなかなか
実現が難しいパフォーマンスを、
飄々とやってのけるのである。

ピエール瀧は自分の行っている活動で
どんな評価や見返りを求めているのだろう。
もちろんギャラだろうが、
パフォーマーとしての理解のされ方や、
“遊んでいるひと”としてのリスペクトや、
つまり自分のやっていることに対しての、
周りからの評価を気にしたりしているのだろうか。
そんなこと気にしていないのだろうな。
周りがどう思うかなどの
レベルを越えたところにいかないと、
あのピエール瀧のステージングは無理だろう。
自分に対しての圧倒的な肯定だ。
それは世界すべてに対しての肯定でもある。
だからみんな瀧を観ているだけで盛りあがるのだ。
嬉しくなって。

ピエール瀧の存在は
究極のポジティヴィティであり、
これからの時代を生きる人間に
もっとも必要とされる精神の在り方を体現している。

自由というのはカテゴライズを拒む。
何者かになろうとしている限り、
不自由なのである。
言葉でいうのは簡単だけど、
ピエール瀧の領域にまでいくのには、
それ相応の肝っ玉のすわり方が必要である。
まず、こんなウナウナと、
ブログで語っている俺はダメだ。
でも、それも否定してはいけない。
それが俺だから。

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posted by ガリバー at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ガリバーのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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